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スレッドが大きすぎます。残念ながらこれ以上は書き込めません。

【あずまんが】SS書きの控え室3

1 :紅茶菜月 ◆5xcwYYpqtk :2003/10/09(木) 23:30 ID:???
 ストーリーの構成、キャラの造り方、言葉の使い方など、あずまんがのSSや
小ネタを作成する上で困ったことや、悩んでいること、工夫していること等を話し合う
スレです。
 また〜り楽しんでいただければ幸いです。
 ここで新作をUPすることも可です。

★主な注意事項
1. sage進行でお願いします。
2. 対象範囲は「あずまんが大王」及び、連載中の「よつばと」とします。
3. 他人の作品を善意であっても批評しないでください。(自分の悪いところを
教えてくださいというのは可です。)
※その他の注意事項は、>>2以降で記載します。

★前スレ【あずまんが】SS書きの控え室2
http://www.moebbs.com/test/read.cgi?bbs=oosaka&key=1052922310

468 :『グリーンピース』《4》 :2004/02/29(日) 15:14 ID:???
「……君のクラスだけ、特別、と言うわけにはいかないのだが」
 といいながら、後藤教頭は職員会議でゆかりが提案を出すのを許可してくれた。
黒沢みなもはわざとゆかりの意見の反対派にまわり、適当に会議を混乱させた挙句、最終的に
はゆかりの論調になびくと言う形で、さりげないサポートに回った。更に何人かの教師が、現維
持を何よりとする教師からすればスタンドプレートともいえるゆかりの提案を、消極的とはいえ
理解を示す動きに出ていた。しかし、結局会議の方向性を決定的に決めたのは。
「生徒、いっちばあああああああん!!!! 」
 と言う国文担当の、教師木村の鶴の一声であったと言っても過言ではない。
 この一瞬の静寂の後すかさず、では、谷崎先生にはご自分の裁量で家庭訪問を行っていただき
たい、と議事進行役の後藤が締めくくって、この議題は一応の終結を見た。やはり長年この世界
で生きてきただけのことはあって、最後の最後でタヌキっぷりを発揮したわけである。
 思った以上に学校内では役職が幅を利かす。現教頭である後藤はかつて、ゆかりやみなもがこ
の高校に通っていた時に、担任であったこともあってか、思った以上に目をかけてくれている。
今回の件が通ったのも、後藤の締めによるところが大きい。流石に恩義を感じてゆかりが礼に行
くと。
「谷崎。どーせお前は、会議で否決されたって行くだろう」
 と断言した。やはり担任であったことが、今回のゆかり支援に関わっていたことは確かだ。
 ちなみに、木村には礼は言わなかった。

 結論から言えば、思った以上にすんなりいったと言えよう。ゆかりの受け持ち教科が受験に必
須な英語であったことも大きいだろうが、性格はともかく教え方は悪くない、と言う評判もあっ
たからだろう。配ったプリントのほとんどが、家庭訪問希望であったことに気を良くしたゆかり
は、体育教師には、こんな真似できないだろーにゃー、と助けて貰った恩を棚上げしてみなもを
さんざんからかった。
「いーのよ。そんな苦労を、わざわざしょって立てないわよ。水泳部の練習で忙しいし」
 と、悔しさをそしらぬふりでごまかしていた黒沢みなもは、自分の受け持ちの親達から、ぜひ
とも子供のことで相談があると一団となって迫られることになろうとは、まだ知るよしもない。
 とにかく、ゆかりの心配は受験そのものよりも、家庭内での生徒の動向にあったから、家庭訪
問の実施可能と言う事実は十分な収穫だった。少なくとも、他人に見られて困る家庭と言うのは
ないようだ。これで目標の80パーセントは達したと言ってもいい。
それに今回は、教師は家での生徒の動向にも目を光らせているのだぞ、と言う監視の目と、何
かあったら担任にいつでも相談してください、という立場を表明したつもりでもある。

469 :『グリーンピース』《5》 :2004/02/29(日) 15:15 ID:???
 後悔しないようにしなくちゃねえ。
 と言うのがこの家庭訪問のきっかけで。結果、その労力にすぐ後悔することになるのだが、と
にかくゆかりは後悔しつつもがんばったのだ。その最後の試練が、父親が夕方頃に帰ってくる滝
野智の家であって。全く問題を感じていなかった家だけに、早く終わると信じていたわけで。つ
まりは、ゆかりがこの家で終わり、もう一踏ん張りと思っていたところで。
「智の伯母です」
 と過去が現在で微笑んだのだ。
 全く、後悔先に立たずである。

 智の家の台所では、西向きの窓から夕日を浴びて、長い黒髪の美女が黙々と豆をむいていた。
「榊、おめー何やってるんだ? 」
「豆むき」
 榊の代わりに、智がやたら滑舌のいい声で応える。
 ゆかりの声に気づいた榊が、ぱっと立ち上がり、慌てて一礼する。このアンバランスさが愉快
だ。身長も高く、抜群のプロポーションに、ぬめるような黒髪。その上涼しげな目元にスポーツ
万能といえば、並みのモデルも敵わないくらいである。それなのに、こいつは見かけほど中身が
厳しく出来ていない。内気と言ってもいい。作文などを読んでも、かなりポエジーなことが書い
てあって笑える。じつはゆかりは、この高校生美女の中身は、受け持ちの中で最もぼけぼけと評
価される大阪に近いものがあると考えている。そしてそんな榊が、今は私服で豆むき。愉快だ。
「あの、滝野さんから本を借りようと思って、それで」
「何? 智、お前、本なんか読むのか? 」
「えー? 読むよー」
「どーせ、お前のことだから、漫画とかだろ」
「違うね! 活字のだって、いっぱい読むよ」
 本当か? 榊。そう問い掛ければ長髪の美女が、うんうんとうなづく。本を借りに、着替えて
智の家まで来たのか。しかしよく考えれば、榊が豆をむいていることの説明は触れぬままである。
「グリーンピース、お土産にあげるかわりに、手伝って貰ってるんです」
 背中越しに聞こえる声に、思わずしゃんと姿勢が正しくなるゆかり。
「友達から、ダンボールいっぱいに貰っちゃって。多すぎるけれど、新鮮なうちに食べて欲しい
から、丁度うちに来た榊さんにあげようと思って」
 そう言って彼女は、どうぞ、とゆかりをテーブルに招いた。
 テーブルを示すのは、昔、歯を立てたことがある、白い指先。

470 :『グリーンピース』《6》 :2004/02/29(日) 15:15 ID:???
 そしてゆかりもまた、豆をむいているのであった。
 グリーンピースを、うまいと思って食べたことは、ゆかりには無い。許容範囲は、シュウマイ
の上にのっている一粒くらいのものだ。出来れば積極的に取り除く方針で生きてきたと言っても
過言ではない。いつも、どんなものにでもそ知らぬ顔して入っている邪魔なやつ、としか思っていなかった。
しかし同時に、グリーンピースがこんな分厚い皮の中に入っているとは知らなかった。
 智の話しでは、今が旬なのだそうだ。五月も末を迎えた頃は大抵時期が終わるのだが、このダ
ンボールに詰めて送ってきてくれた人のところでは、今が一番甘くてみずみずしいと言う。
 そんなものかねえ。そう思いながらも豆をむき続けるのは、ゆかりが暇だから、と言うわけで
はない。何かしていないと落ち着かないからだ。落ち着かない原因は、正面に座った女性にある。
「榊。おまえ、この人に、会ったことあるのか? 」
 目の前に本人が座っているにもかかわらず、ゆかりはこの人呼ばわりである。この人呼ばわり
された彼女は、笑みを崩さない。ぽろぽろと豆をむく。
「はい。いつもお茶とか、ご馳走になります」
 でっかい青虫のような豆の房をもたもた取りながら榊が応える。榊がこの手の作業が絶望的に
苦手だと言うことは、夏休みに、やはり受け持ちの生徒の持っている別荘に榊や智達と一緒した
ことがあるのでしっている。榊。この女は、カレーが作れないのだ。
「お姉さんは、マフィンを焼くのが上手です。滝野さんも」
 単純作業に熱中している榊は、普段よりも多弁だ。そのぶん手元はおぼつかないが。
「おー! その言葉、うれしいぞ!! じゃあ今度作り方教えてあげよう! 」
「いや、私は不器用だからいい」
「へーん、あたしだって、不器用だよー。榊ちゃんならすぐ出来るようになるって」
「ありがとう、ともちゃん」
 無表情な返答に、智はにこにこと豆をむき続ける。
 なるほど。
 確かに智は、榊よりも料理は上手そうだ。
 しかし、ぽろぽろぽろぽろテーブルに豆をまくのはどうか?
「ともちゃん? テーブルからは、豆の木生えないわよー」
 同じことを考えていたらしい滝野伯母は、にやりと笑って注意する。
「だって、牛と交換した豆じゃないから、仕方ないじゃーん」
 滝野智は相変わらず口が減らない。

471 :『グリーンピース』《7》 :2004/02/29(日) 15:16 ID:???
 そうだ、ジャックは牛と交換した豆を家に持って帰ってきたんだっけ。童話の筋立てを思い出
しながら、ゆかりは気をつけて豆をむく。ゆかりは家族と一緒に暮らしていて、この手の雑用は
彼女達より十年は長くやっている。ちょっと丁寧にやればこの通りなのだよ。
 教え子を相手に、受け持ちの教師はこっそり鼻を高くする。
 しかし。
 ゆかりはそっと眉をひそめた。
 なんで榊はぶるぶる震えているんだろう?
 両手で顔を抑えて、その隙間からは顔を赤らめているのがわかる。
 ゆかりは首をひねって、結論付けた。
 どうせまた妄想に浸ってるんだろう。
 そう決め付けたらもう気にならない。ゆかりは豆をむく。
 そして実際、その通りだったわけだ。

「ところで、榊はさー」
 豆をむきながらゆかりは問い掛ける。はい、と無表情な榊の声。時間がたつと、榊は突然ぴし
っと戻る。今の榊の表情は、例えようも無くクールで、窓から差し込む夕日が大人びた雰囲気を
かもしだす。さっきぶるぶる震えていたのが嘘のようだ。
「大学、結局どうするんだ? 」
「あ」
 一瞬、榊の手が止まる。
「おまえ、獣医になりたいとか言ってたじゃないか。でもお母さんはその気がないみたいだぞ」
「今は、考えているところです。まだ親とはきちんと話がついていなくって」
 そう。どうやら榊はまだ自分の進路をきちんと親に伝えていないらしい。ゆかりが話をした榊
の親は少し線が細くて、神経質そうな女性である。榊が基本的に無口なのは、その母親のせいか
もしれない。
 榊の手は一瞬止まったものの、再び青虫の解体に取り掛かっている。全身に細かい産毛の生え
ている芋虫の腹の筋をぴーっととると、中央から真っ二つにパキシと割る。重い話題なだけに、
かえってこんな時の雑談としてあっさり話題を振っておきたいゆかりの気持ちを察したのだ。な
により、本人が聞いて欲しい話題でもあったのだろう。

472 :『グリーンピース』《8》 :2004/02/29(日) 15:16 ID:???
「生き物の身体を扱う仕事はなぁ。技術も知識もいるし、試験も特殊なものが多いんじゃないの
かー? あたしゃよくしらないけどさ」
「はい。なにより、獣医の資格を習得できる大学の数はもともと少ないので」
「そしたら、もうそろそろ目星をつけなくちゃならないだろ? 」
「はい……」
「え?! 榊ちゃん、獣医にならないの? 」
 突然話に加わってくる智の声に、二人の手元が決定的に止まる。
「なんだよ! あたし、榊ちゃんに期待してるんだぞ! 」
「……期待? 」
「そ、うちのクロが、大きな病気や怪我をしたとき、榊ちゃんに助けて貰おうと思ってるの
に!! 」
 ぐいっと榊の側に顔を近づけて、智は、ちよちゃんだって期待してるぞ、と付け加えた。ゆか
りの受け持ちの生徒の一人、美浜ちよも大きな犬を飼っていたっけ。
「榊ちゃんは、絶対いい獣医になれるって!! 」
「ありがとう……。でも、もう少し、考えてみる」
「あきらめないよな!! 」
「うん。文系と理系、両方の勉強を、平行に続けてみる」
 さらりとすごいことを言ってのける榊に、ともは、さすが、それでこそわが親友、などと言っ
ている。確かにその二つを勉強しておけば、どうとでも進路は変えられよう。半ばあきれつつ、
その様子を眺めていたゆかりに、すっかり忘れ去っていた人の声が聞こえた。
「とも。榊さんと一緒に、クロの散歩行ってきてくれる? 」
「えー? まだグリーンピース全部むき終わってないよー!? 」
「あなたはこぼしてばっかりでしょうが! いいから、榊さんと一緒に、犬の散歩行ってきて」
 がたんと椅子から立ち上がった彼女は、壁掛け風の小物入れから財布を取り出すと、中から一
万円取り出してともに渡した。
「とりあえずこれで、ビールを買ってきなさい。あなたと榊さんは、ジュースを買ってよろしい」
「わーい! ジュース!! ジュース!! 」
「榊さん、悪いわね。遊びに来たのに、お手伝いや、お使いまで頼んじゃって」
「いえ、構いません。いいんです。滝野さんからは、たくさん本も借りてるし」
「よし、榊! 行こうぜ!! 」
 うん、と榊は、まるで小学校の男の子みたいにうなづく。
 その榊の背中は、戸惑いながらも嬉しそうで、ゆかりはなんだかほっとしたのだ。

473 :『グリーンピース』《9》 :2004/02/29(日) 15:17 ID:???
「さて、まだ、豆むき続けなきゃいけないの? 」
「とりあえず、お茶入れます」
 さっきから、ガス台の上でことこと音を立てていたやかんの取っ手を鍋つかみでつかみ、彼女
はゆかりに茶を入れる。ふうと息をついて、ゆかりは指先をこする。ぱらぱらと、豆の鞘のくず
が落ちた。
「あの……さ」
「名字で呼んで下さい。始めてあったときみたいに」
 ゆかりが見ているのは、彼女の背中だ。しかしその声の鋭さで、彼女の意志の強い眉が、今ぎ
ゅっと結ばれているのがわかる。
「私も先輩って呼びますから」
 さっきまできつい声を出していたのに、振り向いた彼女はもう微笑んでいて。ことんとゆかり
の前に置く緑茶。目の覚めるような緑。
「お兄さん、が智のお父さんか」
「はい」
 大変だったね、とは口が裂けてもいえない。滝野智は小学生の時に母を亡くしている。男で一
人で育てるのは大変だったであろう。いかに親戚が手助けしてくれていたといえどもだ。まして、
自分のよく知っている人物が関わっていたとするならば、大変だったね、となおさら言いたい。
でもいえない。
「大変だったねって、思ってるでしょ? 」
「へ。んなこと。思ってねーよ」
「嘘。口が変な風に歪んでる」
 まるっきり癖変わんないんだね、と微笑む彼女は十年前とまるで変わらない仕草で。そんな彼
女のようすに、思わずあの時いえなかった謝罪の言葉が零れ出た。
「……悪かったね」
「もう、終わったことだから。ねえ? 」
 くっと目を細める彼女は、やはりそれなりに歳をとっていて。
「でも先輩が立派に先生やってるなんて」
「意外か? 」
「いや、なんか、らしい」
 緑茶に口をつけて啜る、ゆかり。お茶が、舌に、苦い。
「暗くなってきたね」
 彼女が、明かりをつける。窓の外には沈みかけた夕日。

474 :『グリーンピース』《10》 :2004/02/29(日) 15:17 ID:???
「智は、学校ではどうです? 」
 自分の分のお茶を入れて、彼女は再び正面に座る。明かりに照らされた台所。中央の大きなざ
るに盛られたグリーンピースは、よくもまあこんなにむいたかと思うほどで。蛍光灯の明かりの
下、鮮やかな緑に彩られた球形の豆の山が光る、きらきらつやつや。空っぽの殻も山盛り。
「元気ですねえ」
 ゆかりの口調は思わず、改まる。一つしか歳の違わない、顔見知りの女性と自分の受け持つ生
徒について話すのは、何か奇妙な感じがする。
「集団の中でも、ぱっと目立つ色がありますね。何にでもなじむ柔軟さがあります。けど」
「癖が強い」
 ゆかりが口にしようとした言葉を、面白そうに口にする、彼女。
「おまけに、面の皮が厚い。時には、調和を壊すことがある」
 事も無げな彼女の言葉からは、姪に対して好意も何も無いような気さえする。普段なら、そー
なんだよなーあいつは、とうなづくゆかりだが、あまりにすらすら言われたのでゆかりはぽかん
としていたのだ。
「これみたいじゃないですか? 」
 指差すのは真っ青なグリーンピース。後味の青臭い、この野菜。
「でもね、美味しいんですよ。これ」
「滝野って、名簿を見たとき、まさかと思った」
「高校のとき、兄と会ったこと、なかったんですよね」
「ああ」
 ふと思いついて、ゆかりは思わず口走る。
「まさか、あたしとのこと、お兄さん知ってるんじゃないだろうな!! 」
「いくらなんでも、そこまでおしゃべりじゃありませんよ」
 にやり、と滝野伯母の浮かべたのは共犯者の笑みで。ゆかりは、照れくさいようなこそばゆい
ような気持ちになったのだった。

 図書室で声を掛けてきた彼女は、一年歳下の滝野と言う少女だった。
「一緒に、エリオットを読んで下さい」
「いいよ」
 読みなれた原著のワーズワースをパタンと閉じて、ゆかりは快諾した。
 お姉さまごっこ。
 まだゆかりの高校が、女子高だった頃の一つの流行である。

475 :『グリーンピース』《11》 :2004/02/29(日) 15:18 ID:???
 近くにあった小中高大一環のミッションスクールが、このごっこ遊びのきっかけに違いない。
もともと女子高では、女性が女性に憧れる、いわば男女関係を模索したゲームのような行為が共
学よりも、ややシャレの様相も含めておこりやすいものだが。そのミッションスクールでは、特
に縦の関係を重視する生徒同士の教育システムを、姉と妹と言う擬似的姉妹を形成することで、
約一世紀の間行われ続けてきたのだ。
 その女子高が天下のお嬢様高校で、その憧れもあいまって、ゆかりの代に行われていたのが、
お姉さまごっこである。ただこの場合問題は、そのミッションスクールの根幹にキリスト教と言
う思想的ルールが存在したのに対し、こちらには現在も続いている悪乗り気質とおちゃらけ気質
がルールだったことである。タブーは、あまりタブーではなかった。
「滝野」
 そう呼んで顎をしゃくると、頬を赤らめて、先輩、と子犬のように纏わりついてきた、彼女。
お姉さまごっこの基本ルールは、妹は姉のことをお姉さま、と呼ばなければならない。しかし、
その取り決めは、二人の間では、決して校内で果たされることは無かった。
 滝野が、お姉さま、と呼ぶのは、ゆかりが彼女を名前で呼ぶときだけだ。
 そしてそれは、二人がベッドの上にいるときだけなのも確かだったのだ。

「あ、あの時の送り迎えの子って、じゃあ、智か」
「ご明察」
 あの頃の妹は、再び豆をむき始める。その彼女の白い手に、少女が手を引かれていたのを思い
出す。異様に無口な子だった。おとなしい子だなあと言ったら、家の中じゃきかん坊なんですよ
と笑っていた。彼女は、仕事を始めた義姉の変わりに、毎日姪を幼稚園に送り迎えしていたのだ。
「そーかあ、あの子も、大きくなったなあ」
 感慨深げにうなづくゆかり。
「そんだけあたし達も、年取ったってわけだ」
「そうして二人の貴婦人が、ひそひそ声で通り過ぎていく」
 突然豆むく彼女から発せられた言葉に、ゆかりはきゅっと口を結ぶ。
「覚えてます? おねえさまが教えてくださったんですよ? この二人の貴婦人は、主人公の心
情と時間軸に対する観察者なんだって」
 ゆかりが口を開いたとき、そこから洩れてきたのは一片の詩の風景だった。
 それは音楽的な響きを持つアルファベトの調べで。あの日の再現のようで。
 完璧だった。
 ゆかりの発音は、あまりに完璧だった。

476 :『グリーンピース』《12》 :2004/02/29(日) 15:18 ID:???
 ゆかりが大学を決めたとき、彼女と喧嘩をした。
 そして、別れた。
 てっきり先輩が外語の強い大学に行くと信じていた彼女にとって、ゆかりの決めた大学は許せ
ないものだった。ゆかりはなじられた。泣かれた。彼女を抱きすくめることで、ゆかりはその問
題から逃げてきた。いや、彼女を抱くことで、ゆかり自身が受験と言う圧迫の息抜きをしてきた
とも言える。
 最低だった。
 しかも、彼女の推測した、ゆかりの大学の選んだ理由、もぴったり当っていた。
 最低だった。

「グリーンピースもね。調理の仕方によっては、美味しいんですよ」
 よっこらせ、と智の伯母は立ち上がる。さらり、と肩口で直線の髪が揺れた。
「あんた、豆、好きだったもんな」
「お姉さまも、好きだったでしょ? 豆」
「……名前で、呼んでいいか? 」
「あら、ごめんなさあい。谷崎先生」
 ざる一杯のグリーンピースを持ち上げると、ガス台の側まで運ぶ。壁に掛かっている小鍋に先
ほどのやかんの湯をジャブジャブ入れると、彼女はそこにぽっと火をつけた。すぐに湯の煮立つ、
こぽこぽいう音が聞こえ始める。そこに何かをさっと入れたのが見えた。たぶん、塩だ。それほ
ど料理に堪能でない、ゆかりにもわかる。つまり、グリーンピースを塩茹でにしようとしている
のだ。しかし、湯で始めたかどうかと言うくらいの時間で、小鍋は別のざるにあけられる。しゃ
しゃっと軽く湯切りして、器にうつし、彼女は茹でたてのグリーンピースをゆかりの前にとんと
置いた。茹でる前よりも、もっと鮮やかな緑だった。

 グリーンピースは、あの青臭さに特徴があると言ってもいい。豆類は大抵そうなのだが、あの
もくもくとした歯ざわりの後に、なんともいえない豆特有の後味が残る。グリーンピースもその
典型だ。特にこの豆は甘味が強い。その自己主張がチャーハンなどに混ざると、そのグリーンピ
ース臭さだけで食欲が落ちる。かといって臭みを飛ばすために熱を加えすぎると、ぽそぽそする
だけで、味気ない。結局必要ないじゃないか、と思う。
 普段なら、こんな山盛りされたグリーンピースは遠慮したいところだ。
 しかしあまりに綺麗な緑色。
 ほんのり湯気を立てる豆に、ゆかりは思わず手を伸ばす。

477 :『グリーンピース』《13》 :2004/02/29(日) 15:19 ID:???
 つまんだ二三粒は、口の中で温かな熱を持っていた。奥歯で噛み潰す。柔らかい、皮。グリー
ンピースの皮はもっとごわごわして、口の中一杯に広がるような感触があるものだが、これは違
う。もっと柔らかく薄くぷちぷちした感覚。口の中に広がる味は、グリーンピースの臭みと言う
より個性に感じられる。いつもは生臭く感じる甘味が、塩茹でされたことによって、もっと優し
い味になっている。
「あれ? 」
「美味しいでしょう? 先輩」
 満足そうににんまり笑う顔は、気をつけてみれば彼女の姪っ子の笑みにそっくりで。
「酒のつまみに、丁度いいなあ。こりゃ」
「だからビール買いに行かせてるんでしょ、ともに」
「え? 」
「ご飯、一緒にしてってくださいよ。兄も、そう考えているんです」
 智の話、たくさん聞きたいらしくって、と微笑む彼女は、だめ? と首を斜めに傾げた。昔は、
この笑顔に弱かった。
「今でも弱いなあ」
「何が? 」
「その顔。その仕草」
 言われた彼女は、ふふふ、と微笑む。その笑顔に気をよくして、思わずゆかりは尋ねてしまう。
「しかし、なんでストレートパーマなんてかけてんだ? お前。まァ似合ってるけどさ」
「あら。ずいぶん残酷なことを訊くんですね」
 声のトーンはまるで変わらなかったけれども、ゆかりは自分が地雷を踏んだことに気づいた。
「こんな歳まで一緒だなんて。羨ましい限りですね。お姉さま」
 硬直する体。強張る口元。攻め寄せる罪悪感に、ゆかりは抗えない。
「で、もうやっちゃったの? 」
「いや、まだ、してない」
「本当の恋は中々言い出せないわけだ」
 会わないでもう何年にもなるのに、彼女は相変わらずゆかりの考えていることがお見通しなの
だった。
「でも、本当はやっちゃったんでしょ? 正式な恋人でないだけで」
「……やってない」
「Tell a lie!! 」
 やっぱり彼女は、ゆかりのことはお見通しなのだった。

478 :『グリーンピース』《14》 :2004/02/29(日) 15:19 ID:???
 ゆかりは、黙々と豆を食べる。
 じっとその様子を眺める彼女。
 窓の夕日はもうすっかり沈んで、外には薄暗い夜の風景。
「先輩」
「ん? 」
「今日は、嬉しかった」
「信じて貰えるかどうかわかんないけど」
 ゆかりは豆を食べる手を休めて応える。
「あたしも、嬉しかった。今日あんたと会えて」
「ありがとうございます」
 ひょい、と残り少なくなった豆をつまんで、滝野は自分の口に放り込む。
「もしかして、後悔してます? あたしのこと」
「さってね」
 どうだろ、と首をひねるゆかりの仕草に、彼女はまた嬉しそうににっこりした。
「もう、大丈夫ですよ」
「なにが? 」
「豆はね。種子なんです。
 全部同じ様な格好をしてるけど、それは種のままだから。芽が出て蔓になって伸びていったら、
そのとき初めて一つ一つの豆に個性が出てくるんです」
「そっか」
 あたしはその豆に、水をかけてやるだけかぁ、と呟くゆかりに。
「伸びる前に、喰っちゃわないで下さいよ」と滝野が笑った。
「あんな青臭えがきども、喰えるかよー」
「でも、旬の時期は、美味しいでしょ? 」
 黙々とまたゆかりは残った豆をつまむ。
 確かに、豆は美味かった。
 さらにもう一掴みとろうと器に手を伸ばすと、その右手がぎゅっとつかまれる。
「滝野! 」
 もう片方の手が素早く動いて、ゆかりの唇に、ちょんと人差し指を置いた。
 ぐっと乗り出してくる上半身。滝野の握力を感じる、ゆかりの右手。
「もう一度、口移しで教えてください」
 そうして二人の貴婦人が、ひそひそ声で通り過ぎていく。

479 :『グリーンピース』《15》 :2004/02/29(日) 15:20 ID:???
 微かに唇を動かして、ゆかりは囁いた。
 彼女のとてもとても柔らかい唇ごしに。
 そしてその、あまりに完璧な発音。

「ただいまー!! 」
 大きな声に、ゆかりは唇の端の涎をぬぐった。全くとんだ家庭訪問である。
「おお、ともー、おかえり」
「あー! ゆかりちゃん! グリーンピースもう食ってる! ずるいずるーい!! 」
「ごちそうさま」
「もー! そんなにたくさん食べたの!! 」
「まあ、その、ごちそうさま」
「とも、ビール買ってきたの? 」
「あ、うん! これ、それから……」
 伯母の言葉に、重そうに持っていたビニール袋を渡して、いいにくそうに智が尋ねた。
「ジュース、一本、余分に買っちゃったの、だめ? 」
「あなたと榊さんの分だけって言ったでしょ!! 」
「いや、もう一人、友達と会っちゃってさ」
 おーい、入ってきて、いいよー。ともが叫ぶと、玄関のほうからまだ変声期の終わっていない、
おじゃましまーす、という声が聞こえた。
「あれ? ゆかり先生?! 」
「おー! ちよすけかあ」
 台所に現れたのは、ゆかりの生徒の一人である美浜ちよである。高校に飛び級で入学した彼女
が、年齢が大きく離れたクラスメートの中で馴染んでいるかどうか。担当した直後はそれが心配
だったのを、今でも覚えている。
 榊はどうした? あ、あの、クロにじゃれつかれてて、その相手してます。
「おー、まああの犬、飼い主に似てバカだから、榊も大変だろー」
「あ、いやまあ、その」と口篭るちよ。
「なんだよー、ゆかりちゃん! あたしはクロの飼い主じゃないぞー! 」
「ほほう、じゃあ、自分のバカは認めたわけだ」
 反撃をしようとした智の口が開く前に、傍らで爆笑が響いた。滝野伯母である。あの頃もよく
笑ったほうだったが、今のように爆笑しているのは見た事がない。豆は、確かに成長しているの
だ、とゆかりは思った。なにしろ、そこにいるみんながつられるくらいの爆笑だったから。

480 :『グリーンピース』《16》 :2004/02/29(日) 15:21 ID:???
 襟元をよれよれにした榊がふわふわした顔で戻ってくると、智は書斎に行くと宣言して、ジュ
ースを持って階段を上がっていった。後に続くちよと榊。
「しかし、あいつも元気だよなあ」
「あれでも、気を使ってるのよ」
「じゃあ、グリーンピースむくの、手伝えよ」
「せっかく、榊さんとちよちゃんが来てるんだから、歓迎したいんでしょ」
 二人とも、一緒に遊びに来たことはないから。そういいながら彼女は一つづつ豆をむく。ゆか
りはというと、やっぱり結局豆をむいているのだった。
「この家は、智中心で回ってるんだろ」
「違うわよ。中心は、兄さん。この家は、兄さんを中心に回ってるの」
 智と二人で、兄さんを取り合ってるの、と微笑む彼女に、ゆかりはさっきの仕返しのつもりで
問い掛けた。わざと下世話な雰囲気で。
「で、やっちゃった? 」
「何を? 」
「尊敬する、お兄様と! 」
 彼女は微笑みを崩さずに、ぽろぽろと豆をむき続ける。ざるに盛られていく、グリーンピース
の、山々、山。静けさの中、ゆかりもまた豆をむきはじめた。ぽろぽろ。
 その沈黙の中で、あ、と彼女が思い出したかのように、言った。
「後、この家の中心になっている、とてもとても美しいものがある」
「なによ」
「亡くなった、義姉さんの想い出」
「……ったく、まあ別に構わんけど、あんたが何を中心にすえてんのか、わかんねえなあ」
 あたしの中心は、と彼女はゆかりの目を見て応える。
「それは、誰かさんの、豆のお味です。お姉さま」

481 :『グリーンピース』《17》 :2004/02/29(日) 15:21 ID:???
 さっきまで豆をむいていた指先が、テーブルの上でスタッカートを奏でる。それは身体が小刻
みに震えているからで。その震えは唇を通しても感じられてて。
「やだやだ」
 唇を離して、ゆかりは呟いた。
 緊張に、二人の顎がまだ震えている。
「幾つになっても、かわんねーやな……」
「いいじゃないですか。たまには」
「もう、自分のこういう優柔不断さには、あきれ返る」
「食べたくなったら、いつでも食べに来てください、あたしの豆」
「喰いすぎるから、やだ」
 もう、二度とこんなことのありえないことを知っている、二人のくすくす笑いは、玄関から聞
こえる犬の鳴き声で中断された。
「あら、帰ってきたんだわ」
「え? 誰が? 」
「智のお父さん」
 言い終わるか終わらないかのうちに、階段から何かが駆け下りてくる凄い音がする。
「ゆかりちゃーん! お父さん、お父さん帰ってきたよー! 」
 ね、と問い掛けるかつての後輩は、いそいそと立ち上がって夕食の支度を始める。すぐ出来上
がりますから、先生も食べていってくださいね、と言いながら。
 全く、外の犬と家の智と、どっちが近所迷惑なんだろう。
 そんなことを思いながら、ゆかりはまたぽつぽつと残った豆をつまむ。
 にやにやしながらグリーンピースをつまむ。
 塩気の強い豆は、冷えても個性があって、中々の味だった。

482 :PASCO ◆LNZbyB1zfI :2004/02/29(日) 23:26 ID:???
>>465-481
Sigh…。
素晴らしいです。
グリーンピースを絡めながらこんな話を紡ぎ出すとは…。
改めて感服しました。
何度も読み返したくなります。


食べ物を絡めての話の展開は、まるで池波正太郎の短編小説を
読んでいるようですね(ってか私はこれしか知らないですが)。

483 :名無しさんちゃうねん :2004/03/01(月) 21:28 ID:???
いや、もう素晴らしいとしか……。
グリーンピースを軸に展開するストーリーが、まったりしつつもシャープですな。
ユニークな感性と熟練した技巧を感じました。この文章は真似できない……。
非常に面白かったです。次回も楽しみにしています。

484 :名無しさんちゃうねん :2004/03/02(火) 10:57 ID:???
……GJ!

485 :紅茶菜月 ◆5xcwYYpqtk :2004/03/02(火) 22:37 ID:???
>>465-481
 お疲れ様でした。
 まず、「グリンピース」という題名ですが、作品の内容にばっちりと
嵌っており、素晴らしかったと思います。
 全体の印象としては、かなり描写が難しく、ライトノベルというよりは、
純文学といったような感じを受けました。
 智の叔母でゆかりの後輩というオリキャラも登場しましたが、
個性があり上手く使われていたと思います。
 ただ、心理描写は緻密なのですが、「その」「この」等が
使われすぎており、読みにくくなっています。
 また、「榊」「ゆかり」等の人物名も、ある程度は省略してしまうか、
別の表現、例えば「少女」「教師」等に置き換えると、文章が滑らかに
なると思います。
 しかし、ゆかり先生を従来とは全く異なった角度から見つめるという
発想をもって、一つ一つの事象を丹念に織り上げて作られた物語は奥深く、
読み応えがありました。
 次回作にも激しく期待したいと思います。
 

486 :484 :2004/03/03(水) 13:04 ID:???
すげぇな…オレ、GJしか言えねーや。

487 :紅茶菜月 ◆5xcwYYpqtk :2004/03/03(水) 21:27 ID:???
 控え室を使われている皆様方へ。
 スレの空き容量が少なくなっています(残り35KB程)ので、
SSをUPされる予定がある方は、お知らせください。

488 :ケンドロス :2004/03/03(水) 22:49 ID:???
>>487
ウルトラマンジャスティス28話をUPしたいのですが、次スレにした方が
いですか?

489 :紅茶菜月 ◆5xcwYYpqtk :2004/03/04(木) 00:15 ID:???
>>488
お疲れ様です。
次スレでお願いします。(スレ立ては明日します)

490 :紅茶菜月 ◆5xcwYYpqtk :2004/03/04(木) 21:58 ID:???
次スレを立てました。移行よろしくお願いいたします。

【あずまんが】SS書きの控え室4
http://www.moebbs.com/test/read.cgi/oosaka/1078404550/

491 :『ナタデココ』《1》 :2004/03/08(月) 04:38 ID:???
 自分の身体は間違っている。
 滴りをぬぐったトイレットペーパーを便器に捨てて、神楽は便座から立ち上がった。下着とジーンズの引き上げられる音。
 ズボンのボタンやチャックはそのままで、便器のレバーを押すと、汚水まじりの水はずるずる渦を巻きながら、陶器の穴へと吸い込まれていく。
 月に一度はこの水が、濁った赤に染まるのだ。ジーンズのボタンを止めながら、トイレから出て洗面所へ。
 手を洗った神楽は、薄暗い部屋の鏡に映った自分をまじまじと見る。
 いつもならこの大きな目は、太くて形のいい眉とあいまって、元気な光を湛えている。それが今鏡に映っているのは、瞼の上にある不安定な横棒二本に、これまた不安定な瞳。全体的に丸みを帯びた輪郭や目鼻立ち。あらためて女浮き立たせる、女としての自分。
「なんだよ! 」
 鏡に映った自分が、言った。とたん、眉の両端が、ぴんっとつる。
 鳥のころころ鳴く声とともに、木々を揺らす羽の音。部屋の側の小さな小窓からは、濃い緑のコントラストが見える。
 照りつける光くっきり、ぺったりと張り付いた黒い黒い影。自宅の洗面所から見える景色と違う。うちの窓からは、コンクリの壁と、その家との間に植えられたかえでの木が見えるだけだっけ。
 クラスメイトに誘われてついてきた別荘。もう四日も過ぎるんだ。いや、たった四日だ。
 去年も来たからかもしれないけれど、まるで自分の家みたいな感覚がある。集まっているのも、監視役である教師も含めて遠慮をするような仲ではない。
 だから勉強合宿と言う建前ながらも、神楽はここでの生活を満喫していた。
 それでも、洗面所に掛かっているタオルが自分の家のものと違ったり、蛇口の脇にお父さんの髭剃りが置いてなかったり、洗面所から見える夏の景色がこんなに緑に満ち溢れていたら。
 今まで自分が何となく暮らしてきた世界と、自分自身とのずれを改めて感じずにはおれなくなる。
 うおおおおおおおおおおおおお!! と叫んでみる。
 近所迷惑の心配はない。ここは、海辺の切り立った崖の上に、ぽつん、と立てられている建物だから。青い青い緑がいつも、静かにさざめいている場所だから。
 家じゃあ、とてもできないなあ。母さんに怒られちゃう。
 廊下に一歩踏み出すと、ぺたり。床が足の裏にはりつく、ひんやり。

492 :『ナタデココ』《2》 :2004/03/08(月) 04:39 ID:???
 とん、と置かれているような光が、大広間に見えた。
 二階までぶち抜きのこの広間は、食堂になったり、遊技場になったり、勉強部屋になったりする。たまに布団をしいて、雑魚寝の部屋になることもある。
 神楽の白いティーシャツが、ふわとふくらんだ。天窓からの風が、渦を巻いたのだ。
「わは」
 踵を床につけて、くるんと回ってみる。今度は自分で作り出した風に、緩やかなすそがはらんだ。二回転も、三回転も出来る。広い広い場所。
 そのままゆるゆるまわりながら、クリーム色のソファに倒れこむと、可笑しくなって思わず笑う。
柔らかな空気の撫ぜた神楽の肌、少し汗ばんでいる、に、ティーシャツはひたりと張り付いた。
人の気配のしない、広い広い空間。自分の笑い声が夏に吸収されて、ふと黙り込んだ。今日、ここには誰もいないはず。
 ソファの上には、通っている高校の文芸部が発行している本が置いてある。
 ただ、本なんて言えるような、きちんとした体裁があるわけではない。絵を描いた色紙を表紙にして、大きなホチキスと思しきもので、中身を止めてある。
手にとってぱらぱらめくる。この中に、自分の書いた文章も混じっているわけだ。ぱらぱらぱらぱら。50ページ程度の小冊子は、開いて、あっという間に閉じた。
 幾度目かのぱらぱらのあとに、ぴたりと止める。
 神楽が大好きな詩だ。二つ並んでいる。両方とも、ここに来ているメンバーが書いたものだと言うことは、わかっている。
誰も、自分が何を書いたか、教えてくれない。でも、誰が何を書いたか、凡そ想像がついている。
 榊と、智だな。
 こっちのシャープなほうが榊で、この馬鹿っぽいのは、智。
 シャープなほうの詩は、読んでから幾度か夢に見た。その夢に現れる人物は、神楽が首を傾げてしまうような人で。けれど、目が覚めてちょっぴり泣いてしまう。
 だから、智のぽかんと突き抜けたように見える詩のほうが、好きかもしれなかった。

 神楽たちの担任である、谷崎ゆかりが文芸部の幽霊顧問だったことを知ったのは、夏休みの始まる前だった。
 喋らなければ美人と言う噂の絶えない彼女は、神楽達に、何でもいいから原稿用紙一枚分、何か書いてもってこいと命令したのだ。

493 :『ナタデココ』《3》 :2004/03/08(月) 04:41 ID:???
「今年はさあ、なんか人が足りなくて、困ってるらしいのよ。うちの文芸部」
 だから、部員がたくさんいるようにみえるよう、なんか書け、と言うのが教師の言い分だった。
「じゃあ、私たちは囮ですか!? 」
 と突っ込んだのはよみで、じゃあ書いたらゆかりちゃん、ジュースおごってくれる? と尋ねたのは、とも。
 いかにも勉強できますよって顔をしたよみ、水原暦に対して、とも、滝野智はまるでまだ小学生のようで。
 そんな智の受け答えに、苦い顔をしてよみは、長い髪を指ですきながら頭をかいている。これで、書くことが決まってしまったから。
 奢ってもらえようと、奢ってもらえまいと。興味を示した時点で。
「やってみます」
 凛々しい顔で答えたのは、榊。腰まで垂れたとろりとした髪が、うなづくと、さらりと揺れた。かつて運動部の用心棒とさえ仇名された、鋭い目の美少女。
 榊は、神楽と似ている。神楽はそう思う。
 もし榊に、あの胸がなかったら、もっと早く走れただろう。
 余分な脂肪が無駄なく筋肉になったら、もっともっと早く。
 もし女の肉体がなければ、この鈍い肉体さえなかったなら。
 その榊が、ゆかりの命令に、やってみます、といったのだ。
「よーし! 榊!! どっちがすげえものを書くか、勝負だ!! 」
 ガッツポーズをとりながら言えば、かたわらでぴょんぴょんとび跳ねる小さな影。
「わあ、神楽さんも書くんですね! じゃあ、私もがんばって書いてみようかなあ」
 ほんとうなら中学生に上がったばかりの年齢なのに、天才と言うことで高校に通っている少女、美浜ちよ。実は、今神楽がいる別荘は、彼女の物でもある。ちよちゃんの家は、お金持ちなのだ。
 その二つのおさげが、ちよちゃんが跳ねるたび、揺れた。
 そして。
「あー、ちよちゃんが書くなら、あたしも書くー」
 間延びした声が、唐突に、はい、と挙手した。
 神楽は、彼女が苦手だ。

494 :『ナタデココ』《4》 :2004/03/08(月) 04:43 ID:???
「今年はさあ、なんか人が足りなくて、困ってるらしいのよ。うちの文芸部」
 だから、部員がたくさんいるようにみえるよう、なんか書け、と言うのが教師の言い分だった。
「じゃあ、私たちは囮ですか!? 」
 と突っ込んだのはよみで、じゃあ書いたらゆかりちゃん、ジュースおごってくれる? と尋ねたのは、とも。
いかにも勉強できますよって顔をしたよみ、水原暦に対して、とも、滝野智はまるでまだ小学生のようで。
 そんな智の受け答えに、苦い顔をしてよみは、長い髪を指ですきながら頭をかいている。これで、書くことが決まってしまったから。
 奢ってもらえようと、奢ってもらえまいと。興味を示した時点で。
「やってみます」
 凛々しい顔で答えたのは、榊。腰まで垂れたとろりとした髪が、うなづくと、さらりと揺れた。かつて運動部の用心棒とさえ仇名された、鋭い目の美少女。
 榊は、神楽と似ている。神楽はそう思う。
 もし榊に、あの胸がなかったら、もっと早く走れただろう。
 余分な脂肪が無駄なく筋肉になったら、もっともっと早く。
 もし女の肉体がなければ、この鈍い肉体さえなかったなら。
 その榊が、ゆかりの命令に、やってみます、といったのだ。
「よーし! 榊!! どっちがすげえものを書くか、勝負だ!! 」
 ガッツポーズをとりながら言えば、かたわらでぴょんぴょんとび跳ねる小さな影。
「わあ、神楽さんも書くんですね! じゃあ、私もがんばって書いてみようかなあ」
 ほんとうなら中学生に上がったばかりの年齢なのに、天才と言うことで高校に通っている少女、美浜ちよ。実は、今神楽がいる別荘は、彼女の物でもある。ちよちゃんの家は、お金持ちなのだ。
 その二つのおさげが、ちよちゃんが跳ねるたび、揺れた。
 して。
「あー、ちよちゃんが書くなら、あたしも書くー」
 間延びした声が、唐突に、はい、と挙手した。
 神楽は、彼女が苦手だ。

495 :『ナタデココ』《5》 :2004/03/08(月) 04:43 ID:???
 パタンと冊子を閉じる。天窓から見える空が青い。
 今ごろみんなは楽しんでいるのだろうか? よこぎる雲の流れを、神楽はゆっくり目で追った。
 昨日は丸丸一日を勉強に費やしたから、今日は山登りにいこう。そう言ったのは、智だ。今年になって始めて、この別荘行きに参加したかおりんも、大賛成した。
「いい風景、あるかなあ」
 彼女はとてもいいカメラを持っている。そのカメラは、ほとんどが、榊を撮影するために使われていた。この四日で、かなりの枚数を撮ったろう。
 しかし、そればかりではないようで、まれに誰かに大きな板を持たせて、本当に素朴な木や花を写したりもしている。人間以外は、じっくり時間をかけて撮る。
「神楽さん、はい」
 そう言われて、幾度か撮られた。不意打ちのような撮影。榊のときも、そうやって取ればいいのに。かおりんが構えるから、榊も構えてしまって。
撮った枚数に比べて、榊はいい被写体とは言えなかった。
 それでも今ごろかおりんは榊を撮り。榊はちよちゃんの荷物を持ったりし。ちよちゃんは智にからかわれ。智はよみに突っ込まれたりしているのだろう。
 では、あの引率の二人はどうなんだろう。
 黒沢みなも。部活のコーチ。きびしくて、優しい人。尊敬する先生。昨日借りてきたバンを運転して、みんなを山まで連れて行ったのだ。車でここから一時間かかるらしい。
そして、そして谷崎ゆかり。クラスの担任。不可解で不条理な人。子供みたいなお姉さん。だけど……。
 なんで、あんなに普通に出来るんだろう。昨日の夜、あんなふうに泣いていて。
「黒沢先生は、ゆかりちゃんのこと、気づいてるんだろうか……」
 昨日の夜。たくさん色んなものを見た。それが夢の風景と重なって、現実かどうかわからない。わからないから、今留守番しているのだ。
 こんな気分の中じゃ、みんなと一緒に楽しくなんか、出来ない。
 かといって、勉強にも手がつかない。動物みたいに、くるんと丸まってみた。のろのろとまた、冊子をめくる。
「君を海には誘わない、か」
 目を閉じて、うっすらとかいている汗をぬぐう。静かな森の音に、遠くから波の音、ざあ、ざ。
 大きく息を吸い込んだ。
 あ、潮のにおい。

496 :『ナタデココ』《6》 :2004/03/08(月) 04:45 ID:???
 寝付けなかったから、二階から台所に降りてきたのだ。冷たいジュースでも飲もうと思って。水でもいい。ここの水は、水道水なのに、美味しい。幾らでも飲める。
 がっしりした木材の骨組みは、階段を下りる神楽の足音を完全に吸収している。それに、この自然のど真ん中の、夜の騒がしさ。
 だから、あの人は気づかなかったのだ。
 神楽が降りてくると、広間の隅に誰かがうずくまっていた。ちょうど、黒沢先生が眠ってしまった場所だ。 
雨戸を閉めた室内は暗く、けれど天窓から月の光がさしていて、ぼんやり周囲を照らしている。
そのすみっこ。
 高校生の問題が解けなかったのにいじけて、うずくまっていた黒沢は、昼間の疲れも出たらしく寝てしまったのだ。寝室まで連れて行こうとした神楽を止めたのは、ゆかりだった。
「はいはい。どーせ夏なんだから、風邪なんかひきゃしないわよ」
「でも、このまま寝かせておくわけには……」
「なあにいってんの。こいつは、あたしと同じく、大学の飲み会で鍛えあった女よ!! 男と女10人が入り乱れて雑魚寝する、四畳半すら経験してるのよ! 」
 大人なんだから、ほっといても平気よ。その言葉は、何だか重みを持っていて。その重みに押されるみたいに、そのままなし崩しにお休みになったのだ。
 その暗がりの中で、動く影。背を向けて、黒沢にかぶさっている。
 ゆかりちゃんだ。
 谷崎ゆかり。その特徴あるウェーブの掛かった髪。肩甲骨まで伸びている髪が、蒼い月光に白く輝いて。その手元から見えている、毛布のはし。
 あ! よかった!! やっぱりゆかりちゃん、黒沢先生のこと心配だったんだ!
 たまに、本気で喧嘩しているように見える二人のことを、神楽は少し心配していたのだ。やっぱり、古くからの友達は、いいな。
 私もなれるだろうか。みんなと、いい友達に。
 けれど、ただ毛布をかけているだけでは、不自然だ。それにしては、いつまでたってもゆかりは動かない。
 いや、動いてはいるのだ。しかしそれは小刻みに震えるといったほうが正しくて。喋っているわけでもないみたいだし。神楽は覗きこむ。
 耳を澄ますと、虫や風や波や緑の音に混じって、何かが聞える。小さく押し殺した声。
 谷崎先生の、泣き声。

497 :『ナタデココ』《7》 :2004/03/08(月) 04:47 ID:???
                   *
『君を海には誘わない』
君の泳ぎがうまいなんて
僕ははじめてしったよ

三日も前に船から落ちて
今日までもぐり続けるなんて

水が苦手だなんて
嘘ついたことなら
僕はちっとも怒ってないよ

日に焼けてない君は白い魚だ
蒼い波に綺麗に光るだろう
そんな君はきっと今ごろ
乙姫様が住んでいる
蜃気楼揺らめく竜宮に
招かれているに違いない

みんなは海辺を探してる
けど僕はこの浜で待つよ
竜宮城からお土産もって
やあってにっこり微笑む
元気な君の姿を

君がここに戻ってきたら
海のお土産を二人で分けて
君は肌を小麦に焼くんだ

そして僕は
もう二度と

498 :『ナタデココ』《8》 :2004/03/08(月) 04:48 ID:???
                  *
 夏の昼間は何もかも漂白されている。その窓の向こうに、くっきりと海。
 時計の針は、十一時を回ったばかり。お昼には何を食べようか。
 ぱたぱたとバタ足してみる。昔見た、イカの赤ちゃんの映像を思い出して。昨日の夢を振り払うために。
「あーあ」
 呟いてみる。姿勢はバタ足から、背泳ぎへ。目を開ければ、天窓から見える空。海と錯覚しそうな。そんな景色が、否応なくまた昨夜のことを思い出させる。
 夜の海が、あんなに怖いくらいきれいだなんて、知らなかった。
 目を閉じて、記憶の反芻。しかし神楽の空想は、微かな物音に破られる。
「だれだ!? 」
 神楽が叫ぶ。この家には今誰もいないはずだ。ソファからがばっと身を起こす。広間とキッチンをつなぐ入り口。そこに立っている、短パン、ティーシャツの少女。
「驚いた? 」
 彼女はそう言うと、にっこりと笑った。
「ごめんな。初めに声かけたらよかったな」
「なんで、おまえ、こんなところにいるんだよ? 」
「ん? だって、バンの定員が、ぎりぎり七人だったから。あ、でも、無理すれば何とかなったかも」
「じゃあ、行けばよかったじゃないか」
 神楽の質問に答える代わりに、無邪気な顔がにぱ、と笑った。あまり見ないポニーテールの姿。手には大きなガラスのボウルを持っている。その中に、ゼリーや缶詰がごろんごろん。
 重そうに、よいしょよいしょと運んできて、テーブルの上にどっかり置いた。
「なんか、作るのか? 」
「デザート、つくろと思って」
 デザート? 尋ねる神楽に、そ、フルーツポンチ。答えながらボウルの中に入ってたものを取り出していく。白い白い指先が、桃缶をことりと置いた。
「二人で、食べるのか? 」
「ううん。あたしたちとみんなの分」
 手伝おうかと尋ねると、悪戯っぽく、彼女は笑った。年頃の女の子らしく。

499 :『ナタデココ』《9》 :2004/03/08(月) 04:49 ID:???
 そんな彼女は、昨晩海辺で踊っていたのだ。
 月と星の下。打ち寄せる波際で。
 神楽が、泣いているゆかりを目にした後のことである。そして。
 ゆかりが、眠る黒沢みなもにキスをした瞬間を、神楽が目撃した後のことである。
 
 神楽も、実は、女のことキスをしたことがある。そのキスは、思ったより手馴れていて。そして微かに震えていて。
 気持ちよかった。
 接点がないと思っていて、その上、苦手意識があったと言うのに。彼女とのキスは気持ちよかった。そう。
「神楽ちゃん、じゃあ、その缶詰、剥いて」
 と楽しそうに言う彼女の唇は。

 ゆかりがそんなキスをするとは思っていなかった。しかも泣きながら。キスをしようとするたびに、ゆかりの尻があがる。前屈みになるせいだ。
 不恰好な、水のみ人形。
 真っ先に感じたのは嫌悪感。そのまま部屋に行く気も、水を飲む気もせず、こっそり裏庭に出るドアを通って、表に出たのだ。大きく深呼吸。
 あのまま家の中にいたら、窒息してしまいそうだったから。

「この袋、なに? 」
 尋ねる神楽に、少女は当然のように言った。
「ナタデココ」
 いや、それはわかってるけど、あれってゼリーとかにはいってるだけじゃないのか? その神楽の問いに、大真面目で、それは違うんやとの訂正。
「こういうフルーツポンチに入れるためにな。ナタデココだけの袋もおいてあんねん。普段はヨーグルトにも入れたりします」
「へえ! それはおいしそうだ」
 せやろー。彼女はそういって微笑む。
「でも、まずは、ゼリー入れよか」
 手渡されるまま受け取ると、神楽の手に彼女の柔らかい手が触れた。

500 :『ナタデココ』《10》 :2004/03/08(月) 04:52 ID:???
 神楽は、自分が女であることを、いつも厭うているわけではない。たまに、何かの拍子で、それを思い出してしまうだけだ。
 そういうと、例えば月経などを思い浮かべがちだが、必ずしも自分に関わるものばかりがその引き金ではない。
 たとえば、誰かと指先が触れてしまう、という何気ないことが、恐ろしく自分が惨めな存在であるような気にさせるのだ。
 しかし、彼女との接触は、そうではない。嬉しいようなこそばゆい気持ちと、猛烈な自己嫌悪。
「大阪」
 ゼリーの蓋を開ける、と言う行為を達せんと、いかにも不器用に努力していた少女は、神楽の声に、すっと顔を上げた。
「ん」
 神楽が微かに顎を突き出す。唇は、受け入れる形に少し開いて。勿論、目は微かに閉じて。
「いいから、ゼリーをスプーンですくって、ボウルに移しなさい」
 大阪と呼ばれた彼女は、さりげなく神楽から目をそらすと、またゼリーの蓋を開ける作業に没頭し始める。
 無視された事に気づいて、けれども怒ることも出来ずに神楽は立ち尽くす。話したいけれど、言葉が見つからない。そんな気分だ。だから。
「貸せよ。あけてやるから」
「あ、ありがとう」 
 嫌われていないか、ちょっと試してしまった。これで会話すら成り立たなければ、さっきの神楽の行為を、大阪はまだ怒っていると言うことで。
 でも、いま彼女は神楽にゼリーの容器を手渡している。そのプラスチックの容器の中身の重さを感じている。指先に力を加えると、何の問題もなく、ぴーっと蓋が開いた。
「わあ! 神楽ちゃんすごい!! 」
「どうだ! 」
 鼻高々に自慢して、ほっとしながら神楽はゼリーを彼女に渡す。同時に、昨日の夜を思い出して、心の中でこっそりと毒づく。
 なんだよ。夜の砂浜では、あんなにたくさんキスしたのに。
 青い青い月の光の下で。あんなにたくさん。

501 :『ナタデココ』《11》 :2004/03/08(月) 04:53 ID:???
 あんまり月の光が明るかったので、砂浜は、真っ白に輝いていた。昼間見ているときよりも、折り重なる波がくっきりと立体的に、見えた。
 打ち寄せる潮の引いた後は、砂が水を含んだ印の黒い跡が残り。何故か懐かしい気持ちになる波の音だけが、ざあんざあんと響いていた。
 誰の付き添いもなく海に入ることは、教師二人から固く固く禁じられていた。夜の海などもってのほかである。
 しかし、そんなことをいわれなくても、神楽は海には入らなかったろう。
 それは月の光のもと、あまりに美しすぎて。
 それは月の光のもと、あまりに恐ろしすぎて。
 その海と陸の境目。波打ち寄せる潮との境目で、誰かが踊っている。
 いや、踊っていると言うよりは、ただただ回っているといったほうが正しい。
 その白いワンピースのすそは、風を孕んでふわふわと広がり。ぴたりと動きを止めると、その二本の足にくるりとすぼまる。
 大阪だった。
 神楽が石段を降りて砂浜を横切り、すぐ側までくると、ようやくその存在に気づいて、彼女は。おう、おつかれさん、と妙におっさん臭い調子で言った。
「何やってるんだよ、お前」
「あんな、回ってみたかった」
 ふと見上げたところにあるのは、まるで食いついてきそうな満月。
「今年はな。ちよちゃんの別荘に来たら、これやろうて、決めてた」
 楽しいか、と尋ねると、おうすっごい楽しいねん、と答えが返ってきた。
 それからしばらく、月の下で彼女は踊っていた。
 神楽はじっとそれを見ていたのだ。砂の上に腰掛けて。足の指の隙間に砂と、細切れになった木屑の欠片を感じながら。
 歌いたくなったけれど、ピッタリの歌が出てこなかった。
 波だけが、伴奏していた。

502 :『ナタデココ』《12》 :2004/03/08(月) 04:54 ID:???
「神楽ちゃん、レーメー読んでたやん」
「れーめー? ああ、あれか」
 文芸部の発行していると言う、小冊子。確かに見れば、黎明と書いてあった。
「あれ、誰が何かいたか、わかる? 」
「少なくとも、私のはすぐわかるさ」
 そうやなーと、彼女がころころ笑うには、わけがある。それは、神楽の文章だけ、本名で載っているからである。
「だって、ペンネーム考え付かなかったんだもん」
 そうは言っても、それだけではない。ユーモア小説、怪奇小説、メルヘン小説ときて、詩を幾つか。実はその並びからも、神楽は外れているのだ。
「それに、一人だけ、感想文だもんなあ」
 そう。神楽はこの冊子の中で唯一、自分の『部活動での思い出』の感想文を書いたのだ。
「でも、あれはいい文章だったよ? 神楽ちゃんらしかったし」
「そうかなあ」
 ゆかりから命令を受けた後で、神楽はてっきりそういう感想文を書いてくるものだと思っていたのだ。宿題の感覚である。
「神楽ちゃんが、運動好きなんだなあって、すごくよく分かった」
「その間だけ、女であることを忘れられるからな」
 スプーンで、んしょんしょとボウルにゼリーを入れる大阪。
「なんかいうたー? 」
「いや、別に、なんでも」
 あけた缶詰から、神楽は箸で白桃を取り出す。つるりと白桃が、ボウルの中で踊った。
「ねえ、神楽ちゃん? 」
「何? 」
「誰が、何書いたか、神楽ちゃんわかる? 」
「大体は。でも、みんな何書いたか、教えてくれないから」
 自分が書いたって言うのは、恥かしいって、わかるんだけどさ。
 なかなか箸でつかめない桃。一思いに神楽は突き刺した。

503 :『ナタデココ』《13》 :2004/03/08(月) 04:55 ID:???
「じゃ、じゃあ、神楽ちゃんは、どの作品が好き? 」
「でも、もしかしたら、文芸部の書いたものかもしれないぜ? 」
「それはそれでええねん」
「あの、海の詩と、パンの詩」
 大阪のスプーンが、ボウルの上で静止する。その上に乗っている、一口大のゼリー。やがて、するりとボウルに落ちた。
「あれな、誰が書いたと思う? 」
「……智と、榊」
「どっちが? 」
「海が、榊」
「それはな、ちゃうねん」
 今度は、神楽の動きが止まった。箸に刺さった白桃から、つるりと汁が零れる。
「あれは智ちゃんが書いた」
「嘘?! ……何で大阪がしってるんだよ? 」
「ん? それは、あたしが智ちゃんの詩を読んだことがあるからや。でもそれはどうでもいい」
 ふたたび動き始めた少女。スプーン一すくい二すくい。
「じゃあ、パンの詩は、誰が書いたと思う? 」
「さかき? 」
「ぶーはずれ」
「なんだよ、それ、榊の書いたものも、読んだことがあるのか? 」
「ううん。そやない。あれ書いたのわたしなのです」

 朝のパンが大きかったので
 ぼくはいっぱい食べました

「あれ、大阪が書いたの? 」
「短いやろ? 短すぎると思わん? 」
 小首を傾げて、でもその頬はどこかくすぐったさそうで。そして微かに赤く染まって。
「いや、いいと思う」
 そう答えた神楽の中で、あの詩の最後のフレーズが、ぐるぐるリフレインを始めた。

504 :『ナタデココ』《14》 :2004/03/08(月) 04:56 ID:???
 よくわからないけれど。

 やっぱり、大阪はよく分からない。
 月夜の下回る白いワンピースの少女をみて、神楽は思う。
 でも、あのワンピースは、ちょっと羨ましい。あんなふうにすそが風を孕むのは、気持ちいいだろうなあ。
「神楽ちゃんも、やってみる? 」
「え? あ、ああ」
 唐突に話し掛けられて、混乱している神楽の元に、ざっくざっくと近づく大阪。近づきながら、その両手は、ワンピースの腰元を持ち、ぐっと引き上げて、ずるずると脱ぎ始める。
「わ、わわわ! な、なんだよ!! 」
 脱ぎ始めただけでもびっくりしたのに、大阪は、その下に何も着ていなかったのだ。ほとんどふくらみのない胸元。臍から股下までのゆったりとした、くびれ。
 蒼白い月光を浴びて、ぬめるような白。
「はい、どうぞ」
 ふわ、と手の上に放られたワンピース。
「服の上からでいいから、着てみると、ええよ」
 大阪の口元から洩れる、囁き声。それに促されるように、神楽はワンピースをまとう。服の上から。
 くるんと回ってみる。スカートのすそは風を孕み、月光を孕み。布にはざっくりとしたひだが出来る。そこから突き出た二本の足。すんなりと伸びた、野生の色。
「ふふふ」
 何だか、楽しい。くるくる回ってみる。踝まで、砂に埋まる。
「あはは」
 大阪も、回る。月の光を全身に浴びて。それはあまりに無機物のような肌の色で。同時に白く柔らかい温かさもあって。
「わ! わあ」
 ばしゃん、と音がした。大阪が倒れたのだ。回るのに失敗したらしい。
「大丈夫か? 」
 神楽がかがみこむ。ぷは、波間からうっかり者が顔を持ち上げた。
 月の下、潮水を全身に浴びた、大阪。
 頬に髪の毛が張り付いている。

505 :『ナタデココ』サロ下ない例えで『《14》 :2004/03/08(月) 04:58 ID:???
 膝まづいているから、ワンピースは濡れて、ぺたりと神楽の肌に吸い付く。
「失敗やー」
 よいしょと起き上がった大阪は、差し出された神楽の手を握る。きゅっと抱き締められるような感触が、手のひらに。
神楽は目が離せない。
大阪の、胸元にある二つの蕾に。
「かぐらちゃんの、えっち」
 潮に濡れた唇が、そっと神楽の顔に迫った。思わず受け止める、神楽。潮の味がする。
 肌が、身体に密着するのがわかる。
 濡れた女が、巧妙に神楽の舌を絡め取る。
 神楽も、夢中で吸い付いた。

だから。
神楽はその夜夢を見たのだ。

 神楽は海辺で待っている。
 誰かをずっと待っている。
 襟元を伝う汗がリアルだ。
 帰ってこないのだ彼女は。
 海に船から落ちた彼女は。
 神楽はずっと待っている。
 波間から彼女が帰るのを。
 もし彼女が帰ってきたら。
 何をするかは決めてある。

 ずっと抱き締めて放さないのだ。
 ずっとその唇に唇を重ねるのだ。

 しかし、夢の中の登場人物は、神楽ただ一人だけ。
 白い白い夏の砂浜に、神楽が一人、たった一人で。

506 :『ナタデココ』《16》 :2004/03/08(月) 04:59 ID:???
 ボロボロと涙が零れてしまった。波間から現れてくるのが誰か。
 自分が誰を待っているのか、わかってしまったから。

 彼女のことが好きなのか、わからない。でもどうしようもなく気になるのは、確か。
 面倒くさいような、楽しみのようなそんな奇妙な感覚。
 それを味わわせてくれる唇が、あの詩のどのへんがよかった? と尋ねている。
「あの、最後の部分」
「ふうん」

 昨日より、ぼくは一ミリ大きくなります

 そう、一ミリでも、大きくなれればいいのだ。大きくなれるのなら。
 自分が、女であることを嫌がってるのは、大人になるのが嫌だからなのかもしれない。そう神楽は考えている。だからこそ、あのラストの部分に共感したのだ。
 ぽつんと、書きたいことを書いている。それが神楽に一番わかりやすかった。その文章を書きつづっていたのだろう大阪の指は、ナタデココの袋を開けようとしている。
「なあなあ、神楽ちゃん。ナタデココって、なんで出来てるか、知ってるー? 」
「唐突だなあ」
「それはいいから、何で出来てるか、知ってる? 」
「さあ、植物繊維で出来てるってことは、知ってるけど」
 なんなのかは知らない。それを聞いた彼女は、とても嬉しそうな顔をした。
「ココはな、ココナッツの意味やねん」
「へえ」
「それで、この中に、ナタデココの材料が入っとる」
 そのために、割って取り出さなくちゃならんやろ?
「鉈で? 」
「もー、神楽ちゃん! 人のボケ、とったらいかんやろ!! 」
 むくれた大阪の顔に、神楽はそっと手を添えてみる。唇を重ねようとして。けれど大阪は首をふって、その誘いを断った。
「駄目です」

507 :『ナタデココ』《17》 :2004/03/08(月) 05:00 ID:???
「なんでだよ」
「神楽は、別に私を好きじゃないからです」
 ナタデココの袋が珍しく器用に、スーッとあいた。
「じゃあ何で昨日、キスなんかしたんだよ! 」
 あんな格好で、と言う言葉は飲み込んだ。それを言わないことで、またあの大阪を見ることができる気がしたから。
「あたしが、神楽のことを好きだからです」
 セミの音がうるさい、風の音も。微かに聞える波の音も。
「じゃあ、キスしてくれたって、いいじゃないか! 」
「そやから、キスするってわけには、いかんのよ」
 そんなんずるいや。
 大阪は勝手だ。
 なじったら、彼女は困った顔で、微笑んだ。
「ずるいよ」
「ずるくない」
 なんだか、デジャヴを感じる。でも、以前は、彼女は優しくキスしてくれて。それなのに今は。
「……何で今はキスしてくれないんだよ」
「恋人でもないのに、神楽の不安のはけ口にされるのは、いやー」
 じゃあ、恋人になればいいんだろ?! そういいかけて、口をつぐんだ。昨日のゆかりの姿を思い出して。そして、恋人にしたいほど、大阪を愛していないことに気づいて。
「ね、わかった? 」
 優しく囁く大阪に、神楽は納得できない。
「やだ、キスする」
「だめ」
「きすする」
「……だ、め」
「きすしたいんだよぉ」
 不意に潤んだ目元を、何かが覆った。柔らかい手のひらの目隠し。
「今からするのは、味見です」
 さて、これはなんでしょう、と、何かが口元に押し付けられた。

508 :『ナタデココ』《18》 :2004/03/08(月) 05:01 ID:???
 桃? 
 そう、ももです。じゃあこれは?
 みかん。
 そう。じゃこれ。
 ゼリー。
 なんの?
 グレープ。
 ご名答。じゃあ、これ。
 
 口の中で、こり、と堅い感触。
 歯の先で分断して、奥歯できゅっと噛み潰す。味はシロップの味。面白い歯ごたえ。微かな南国の味。
 なたでここ。
 そう。じゃあこれは?
 また口に押し込まれる、キューブ状の何か。けれど、神楽の目的は、もはやそこだけにない。彼女の指に、きゅっと吸い付く。
 こ、ら。
 口元は叱っていても、神楽の目を覆う手のひらが、かたかたと震え始める。
 舌の上でなたでここと、指を同時に転がす。あまがみした指は、砕けていくナタデココと混ざる。棒状の指に舌を這わせて、あ、フルーツポンチの味。
 もっと味わいたい、唇で誰かを感じていたい。それなのに、指は無常に取り除かれる。
 途端に、神楽の目から、ボロボロと涙が零れた。
 何か言おうとする、でも言葉にならない。何を行っていいのかすらわからない。だからやっと一言。
「あたし、おとなになんか、なりたくないよ」
「ばかやなあ、神楽は」
 とてもとても優しい声がして、唇に何かがあたった。
 唇だった。
 迎え入れれば、口の中に押し込まれる、何か。
 噛んでみた。
 なたでここだった。

509 :『ナタデココ』《19》 :2004/03/08(月) 05:02 ID:???
「勘違いしたらいかん」
 神楽の口元から聞える声。
「これは、味見。ナタデココの味見」
 うん。それでもいい。
 今欲しいのは、誰かのぬくもりだから。
「おいしい? 神楽、ちゃん」
 おいしい。なんかくきくきして。
 大阪の唇も。
「それも、味見してええけど、確かに」
 ほら、なたでここ。大阪の唇を、噛んだ感触にも似てるよ。
 気持ちいい。
「……なあ、お願いが、あるんやけど」
 なに?
「嘘でもいいから、あゆむって呼んで」
 あ、わかった。
 ごめん、気づかなくて。
「ううん」
 あゆむ。
「はい」
 ナタデココ、もっと食べさせて。
「……はい」
 ……。好きだよ。
「神楽ちゃん」
 なに? 
「それは、いまは、なたでここがって事にして」
 どうして?
「でないとあたし、止まらんようになってまう」
 すっと離された、身体。大阪の唇。
「それにとても大変なことを見つけてしまった」
 ……なに?
「ズボンのチャック、開いてる」
 あ!

510 :『ナタデココ』《20》 :2004/03/08(月) 05:03 ID:???
『あさごはん』
 朝のパンが大きかったので
 ぼくはいっぱい食べました
 狐色に焦げ茶が混じった肌
 ぼくはぱくぱく食べました

 焼きたてのパンは大好き
 抱き締めたいくらい好き
 
 今朝も大好きなパンを食べて
 昨日より
 ぼくは一ミリ大きくなります

511 :『ナタデココ』《21》 :2004/03/08(月) 05:03 ID:???
 程なく出来上がったフルーツポンチを冷蔵庫に入れる。その間、ずっと手をつないでいた。
 キスはだめなのだが、手をつなぐのはいいらしい。ぴったりくっついた手のひらが、気持ちいい。
 これから大阪は、昼寝をするのだそうだ。神楽もついていくつもりだ。一番日当たりのいい部屋で、ごろごろしたい。そんな気分だから。
 手を握ったまま、タオルケットをかぶる。神楽の口元から大きな欠伸が出た。

 そして。
 神楽はまた例の夢を見たのだ。

 神楽は海辺で。
 誰かをずっと。
 襟元を伝う汗
 帰らない彼女。
 船から落ちて。
 神楽は信じる。
 女が帰るのを。
 
 いつのまにか、月が出ていた。

「神楽」
 元気な声が聞える。波と波の間から。
 月の光を浴びて、真っ白なあゆむ。
 太ももの付け根の和毛から、潮水がほとほと滴った。
「あゆむ! 」
「おみやげー」
 見れば、その小脇に抱えられた、人の頭ほどの大きさのある、何かの種。
「なにこれ? 」
「椰子の実。海の国の、お土産」
 彼女の両手が高く掲げられる。

512 :『ナタデココ』《22》 :2004/03/08(月) 05:04 ID:???
「これは、南国の、果物です」
「あんまりそうは、見えないなあ」
 はい、と手渡された椰子の実を受け取って、神楽はまじまじと眺める。
「黒っぽくて、ごつごつしてて。おいしそうじゃないよ」
 リンゴやミカンやモモとは違うんだ。不恰好で、汚くて。まるで私みたい。
「そんなこと、ない」
 あゆむは眉をきゅっと上げて、力説する。
「これはな、中身がとっても美味しい。殻が硬いだけで、中身はうまうまなのです」
 どこから取り出してきたのだろう。あゆむの手には、大ぶりの鉈がある。
「本当は、成長したら、大きな大きな椰子になります。でもこれは、竜宮城からの贈り物です。
 あたし達が大きくなれるように、乙姫様がくれたのです」
 大きな椰子の実の前で、ほっそりとしたあゆむの身体が、月光にぬめった。
「ココナッツは、硬いので、鉈で割らなくてはなりません」
「鉈で……」
 オチを言おうとした神楽の唇を、アユムの唇が、優しくふさぐ。甘い潮の味。
 その唇の感触で。

 神楽の目が覚めた。
 その目の前で、大阪がその大きな目を開けて、こっちを見ている。
「な、なんだよ」
 吸い込まれるような瞳に、尋ねた。
「神楽ちゃん。夢の中で、ずるいわ」
 その言葉に、神楽はどきんとする。あんまり驚いたので、小さな声で囁いた。
「な、なにがずるいんだよ……! 」
「なたでここよりも、あゆむのほうが好きなんて言って」
 その細い両手が、すっと神楽の頭に回される。そのままあゆむの身体が、ぐっと近づいて。
 神楽の身体を優しく包み込む。
「そんなこと言われたら、あたし、我慢できなくなる」
「だって、好きなんだもの」
 とっさに、神楽は嘘をつく。色々な思いの、こもった嘘。
「神楽の嘘つき」
 見抜いている、大阪。

513 :『ナタデココ』《23》 :2004/03/08(月) 05:05 ID:???
 抱き締められた身体。とても柔らかいものに。
 ふかふかのタオルケットが二人を包む。海藻が身体に絡みつくように。
「あゆむの身体、柔らかい」
「神楽の身体だって、柔らかい」
 ぎゅっと抱き締めあう、二人。
 自分が、気持ちいいように、大阪も気持ちよくなっているんだろうか。
「あゆむ」
「ん? 」
「気持ちいい? 」
「ん」
 あゆむがまた少し力を込めると、神楽の頭が、その胸元に吸い寄せられる。ほとんど隆起のない胸なのに、やっぱりそこは、胸元の柔らかさを持っていた。
 女だ。女の身体だ。
 そして、自分の身体もそうだ。神楽も持っている、女の部分。
 自分の身体は間違っている。本当は女に生まれたくなかった。
 でも。
 人を柔らかく包むこの肉体は、前ほど嫌いではないかもしれない。
 大きく息を吸ってみる。大阪の、においがする。
「やっぱり、あゆむ。好きだ」
「またそんなこと言ってる」
「いや、ホントホント」
 少し冗談めかして、抱く力を強める神楽に。大阪は、ほんならやー、と答えた。

「じゃあ、あたしとなたでここ、同じくらい好きってことにしといて」

514 :『ナタデココ』伯爵 ◆xTfHc.nBiE :2004/03/08(月) 10:46 ID:???
「うん。そうしておく」
 甘えるように頭を擦り付けると、ぐいっと引き離された。ぎこちない動きの、少女の手で。
 神楽の瞳が、この後起こる出来事への期待と、突き放されるかもしれない恐れに、潤んだ。
 そして華奢な腕が引き寄せて、力強いキス。蹂躙される唇、神楽の唇。

 陽だまりの中柔らかい舌に食べられて。
 昨日より。
 私は一ミリ大きくなる。
                               (了)

515 :名無しさんちゃうねん :2004/03/08(月) 18:59 ID:???
>>491-514
乙でやんす。
相変わらず伯爵さんはすげいなぁ。
なたでこことナタデココの使い分けが面白いし、
月下で舞う大阪がすげい幻想的だな。
…ちょいと恐い気もするが。

あとさりげなく入れられたナタデココのダジャレも心地よいアクセント
になっちょるね。

自作が楽しみでやんす。

516 :515 :2004/03/08(月) 19:01 ID:???
自作×
次作だった。
正直百合は苦手だが、伯爵さんのは読ませるね。

517 :名無しさんちゃうねん :2004/03/08(月) 22:09 ID:???
グッジョブっす。感動したので、つい小ネタを。


>今朝も大好きなパンを食べて
>昨日より
>ぼくは一ミリ大きくなります

智「よみの場合は『私は一キロ重くなります』だよなー」
暦「ダブルチョーップ!!」

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