世の中のすべての萌えるを。

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スレッドが大きすぎます。残念ながらこれ以上は書き込めません。

あずまんが大王で仮面ライダー2

1 :名無しさんちゃうねん :2003/05/25(日) 19:30 ID:U04wddbI
みんな、ずっと、一緒…の筈だったのに、どうしてこんな事に!?
こんなの、酷すぎるよ…だが、それがお前達の運命だ
戦え、戦わなければ生き残れない……
果たして、彼女たちはどう戦い、どう生き残るのか!?
(初代スレより 一部改竄)

前々々スレ(初代スレ)
あずまんが大王で仮面ライダー龍騎
http://comic.2ch.net/test/read.cgi/asaloon/1023956889/l50

前々スレ
あずまんが大王で仮面ライダー龍騎2
http://comic2.2ch.net/test/read.cgi/asaloon/1040046719/l50

前スレ
あずまんが大王で仮面ライダー
http://www.patipati.com/test/read.cgi?bbs=oosaka&key=1046790365

関連HP
鷹氏の保管所
http://azuhawk.hp.infoseek.co.jp/

2 :名無しさんちゃうねん :2003/05/25(日) 19:35 ID:???
スレの主旨
あずまんが大王の世界と仮面ライダーの世界の混合

3 :名無しさんちゃうねん :2003/05/25(日) 19:46 ID:3dphX/QM
とりあえず、Code φ's Enter.

4 :名無しさんちゃうねん :2003/05/25(日) 19:48 ID:???
555だよな?φ'sでいいんだよな?

5 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:01 ID:???
>1-2 さん 新スレ乙です!

では、お目汚しですが、早速アプさせていただきます。

前半は前スレの >411-424

6 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:05 ID:???
第九話 <六>

 光渦巻く境界を越えて躍り出たミラーワールド。その、全てが左右反転したバス通りの真ん中に、
倒すべき敵は立っていた。

「お前かっ!」 「ニェェ・・・・・・?」

 ガイ=黒沢の一喝に振り向いたモンスターの手から、何かが鈍い音を立て地面に落ちた。それは
喰い散らかされて、もはや原型すら留めていない運転手の死体だった。辺りに目をやれば、同様の
死体、いや肉塊が十以上は転がっている。そのうち一つが、きっとあの少女の父親だろう。

「くっ・・・・・・このヤロウぉぉぉ!」 「ニィエエエエ〜!」

 ガイの怒気に触発されてか、敵も威嚇するように叫び声を上げた。
 その甲虫の類を連想させる体は、犠牲者の返り血で染まったかのように赤い。人間で言えば眉の
辺りから左右に一本づつ、触覚らしきものが長く垂れ下がっていた。
 大型のブーメラン状の武器を大きく振りかぶると、奴――テラバイターは奇声をあげて迫ってきた。

(ふん、楽には死なせないわよ。挽き肉にしてやる! ・・・・・・いでよ、メタルホーン!)

 圧勝だった初戦、勝ちも同然の第二戦。それらの連勝からくる自信が、彼女にゆとりすら与えて
いた。――ストライクベントを引き抜こうと、バックルに手をやったこの時までは。

 だが次の瞬間、予想だにしない事態がガイを襲った。カードを引き抜くはずの指は、むなしく空
を掴んだのだ。

(・・・・・・え? な、無い? カードが無い!)

 そう、デッキの中にはあるべきカードがただの一枚も無かったのだ。
 通常ならライダーの脳内には、使用可能なカードのイメージが浮かぶのだが、それも出ない。

「そ、そんなっ! なんでこんな・・・・・・うぅわっ!」 「フン! フーン!」

 驚愕のあまり隙だらけになった彼女に、テラバイターの容赦ない攻撃が連続ヒットした。

7 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:07 ID:???
 ・・・・・・その頃、現実世界。
 黒沢の部屋では、ひとり残された谷崎がよろよろとトイレから出てきたところだった。

「あーあ。吐きまくったら、ちったあ楽になったわ。にゃもはまだか〜、早く桃のジュース飲みて
ぇ〜」

 身勝手なことを言いながら、ソファーに寝転がった。リモコンでTVをつける。

「あ〜、なんで日曜の朝って退屈な番組しかねーの?『ザ・死亡事故 100連発!』とかやりぁ
いいのに。しゃーない、これでもやってみるか」

 ごそごそと、尻のポケットから取り出したのは・・・・・・なんと、ガイのカード一式!いつの間に抜
き取ったのだろうか。

「しかし、にゃもはなんでこんなの持ってたんだろ? あいつの趣味じゃねーのに。生徒からの没
収物? まぁいいや。えっとSTRIKE、CONFINE、FINAL? わけわかんねー、ト
リセツ(取扱説明書)ないの、これ? きゃはは、METALGELASだって。面白ぇ顔〜」

 ひと通りカードを読み上げると――さすが英語教師らしい綺麗な発音だったが――興味を失った
のか床に放り投げ、谷崎はうつらうつらと眠りに落ちていった。
 静かになった室内に、いずこからか何かが唸るような声が響いた。それは、主の危機を感知しな
がらどうすることもできないメタルゲラスの、苦悶の叫びであった。


 ・・・・・・再び、ミラーワールド。

「はっ! はっ! ええぃ!」 「ニェェェ!」

 すでにガイ=黒沢はパニックから立ち直っていた。水泳の競技者として短くない経験を持つ彼女
は、試合の最中に思わぬトラブルにあっても冷静に対処する手段――メンタル・コントロールを身
につけているのだ。
 ブーメランを湾刀のように使い切りつけてくるテラバイターの攻撃を、左肩メタルバイザーの角
で巧みに逸らしながら、反撃の糸口を模索する。

8 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:10 ID:???
(こいつ、一撃一撃は軽いけど、素早いわ。なんとか捕まえて、組打ちに持っていかないと)

 だが、敵はそんなガイの心中を見透かしたように、大きく跳び下がって間合いを取った。手にし
たブーメランを奇声とともに投げてくる。飛び道具による攻撃に切り換えたのだ。
 唸りを上げて飛来したそれは、あたかも自体に意思があるように、ガイが回避した方向に曲がっ
てその背に命中した。

「うぐぐっ! 避けたのに・・・・・・」

 ガイは激痛に身をよじった。その威力は、先ほど手に持って振り回していた時の比ではなかった。
加えてその速さと変幻自在の動きは、動かしづらい左肩の角での防御では凌ぎきれない。
 人間界のブーメランなら当たれば地面に落ちるのだが、奴の使うそれは再び使用者の手に戻る。
テラバイターは一定の距離を置いてガイの周囲を回りながら投擲を続け、一方的に攻撃をヒットさ
せていった。

(ぐうっ! あううっ! ・・・・・・だめ、このままじゃ負ける。うぐっ! やはり狙うなら、ブーメ
ランが奴の手に戻る時を狙うしか、うあぅ!)

 堅牢なプロテクターの上からでも、なお激痛を与える猛撃に苦悶しつつ、ガイ=黒沢が見い出し
た手段。それは期せずして、タイガ=神楽がかつて同じタイプのモンスター、ゼノバイターとの戦
いで選んだ戦法と同じだった。

 タイミングを計り、チャンスを待つ。次の攻撃――頭部を狙ってきた奴をかわすことができた。

(ここだ!)

 ガイは猛然と敵めがけて突進をした。以前の戦いでタイガに回避を許さなかったその速さ。目論
見どおり、得物が戻るより先にモンスターを跳ね飛ばせる・・・・・・そう思えた瞬間!

「ニェイイイ♪」

 あざ笑うような声を発すると、テラバイターは己が指先をクィッと曲げた。途端に、ブーメラン
はその軌道を変え、ガイの脚へと襲いかかった。

「何ぃぃっ! あうううっ!」

 不意をつかれ、もろに攻撃を受けたガイは、倒れてアスファルトの大地を転がった。全力疾走の
速さが仇となり――レースでクラッシュしたF1マシンの如く――地面との接触で大きなダメージ
をくらいつつ。
 十数メートルほど転がって、やっと止まった時には、ガイは失神寸前だった。

「ニエィ♪ ニエエ、ニエエエッ♪」

 嬉しげな鳴き声をあげ、テラバイダーがブーメランを手に歩み寄る。
 ――ライダーの肉ってどんな味がするの?きっと舌がとろけるほど美味なのね。楽しみだわ。
 空耳なのだろうが、ガイの耳にはテラバイダーの鳴き声がそう聞こえた。

9 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:13 ID:???
第九話 <七>

 その有様を、少し離れた物陰から窺う姿があった。仮面ライダータイガ=神楽である。

(・・・・・・おっ、やってるな。なんとか間に合ったぜ!)

 ――停留所で黒沢と別れた後。
 神楽の耳に例の音が響いたのは、バスの中でだった。人目のある車内で変身するわけにもいか
ず、次の停留所まで我慢するしかなかった。降りてからも変身場所を探すのに苦労したりして手間
取り、やっと今、この場に到着できたのだ。

(うっ。あれは、ガイじゃねーか。よぉし、いま助けるぜ!)

 前回のいざこざなど、今は頭の片隅にも浮かばなかった。事態は急を要するからだ。モンスター
を倒すためだけにライダーになった、そんなお人よしを死なせるわけにはいかない。
 急いで駆け寄ろうとしたタイガだったが、その足が、ふと止まった。

(待てよ、ブーメラン? カミキリムシっぽい姿? もしかして、前に戦った奴の仲間か?)

 ガサツだとよく言われる神楽だったが、こと戦いにおいてはそうではない。水泳選手時代もそうで
あったが、戦う相手の戦力分析はマメにするのが習慣だった。

(だったら、こいつもすばしっこいってわけか。厄介だな。あの時はそれで苦労したからな)

 ゼノバイター戦では、決して脚の速さでは遅れをとらなかったが、そのチョコマカした動きに翻
弄され、あわや取り逃がす所だった。同じ轍は踏めない。

 ・・・・・・その時、ガイの窮地にあせりつつも策を練る神楽の脳裏に、ふと、浮かんだものがあった。

(よぉし、いっちょうやってみるか。あれを・・・・・・)

 仮面の下で、神楽は歯を見せニカッっと笑った。

10 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:16 ID:???
――そして、場面は再び戦いの渦中へと戻る。

「フンッ! フンッ! フンッ!」 「うぐぅ! あうう! ぐふっ!」

 ガイ=黒沢は最後の気力を振り絞り、アスファルトの上を転げ周りながら、少しでも敵の攻撃か
ら逃れようと足掻いていた。
 だがその試みも空しく、テラバイターの振り下ろす刃はたて続けにヒットする。
 先ほど脚に受けたダメージは大きく、もはや立ち上がることすら出来ない。

(だめ、このままじゃあ、負ける。死ぬ。・・・・・・こん畜生っ!)

 倒れこむようにして奴の脛にパンチを放ったが、易々とかわされてしまった。すでに彼我のスピ
ードの差は致命的なまでに開いているのだ。逆に、体勢を崩したところに痛烈な一撃を受けた。

「うがぁっ!」 「ニェェェイ♪」

 意識が薄れ始め、手足に力が入らなくなってゆく。もう、身動きひとつできない。
 勝利を確信したのか、テラバイターはゆっくりと歩み寄ると、無造作にガイを仰向けにひっくり返
した。
 霞がかかったようにぼんやりとした視界に、奴がブーメランの中央を持って切っ先を己の喉に突
きつけている様が映った。

(トドメは喉か・・・・・・私の負け? 死ぬ? ・・・・・・だめ、だめよ! 仇を、結花ちゃんの、他の皆の
・・・・・・。で、帰らなきゃ。ゆかりのところへ。待ってる、私を、いや、桃のジュースを)

 時間がやたらゆっくりと流れているように感じられた。混濁した意識の起こす錯覚か、あるいは
これも死の前に見るという走馬灯の一種なのか?
 とりとめも無い想いが心中を去来する。

(人の命を、幸せを・・・・・・守る為に戦おうっていう・・・・・・ライダーはいないの? 皆、タイガみたい
に・・・・・・汚い奴らばかりなの? ライダー同士の戦いに・・・・・・勝ち抜けば何でも望みが叶うって
のは、確かに魅力的だけど・・・・・・それ以前に、人が次々に喰われるこの狂った状況を・・・・・・なぜ
・・・・・・ああ、神楽、あんたなら、きっと・・・・・・)

 テラバイターが、喉に突きつけていたブーメランを振り上げた。いよいよ、最期の時が来たよう
だ。ガイ=黒沢はせめてもの抵抗とばかり、その切っ先を睨み付けた。

(あのこ・・・・・・が、もし、かめんライダーだったら・・・・・・きっと・・・・・・たたかってくれる・・・・・・ひとを
・・・・・・まもるために・・・・・・かぐら・・・・・・)

11 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:19 ID:???
 ――だが。

 緩慢さを増していた時の流れが、ここに至り完全に停滞したのか?
 敵は武器を振り上げた姿勢のまま、いつまでたっても動かなかった。
 もちろん、それはほんの十数秒のことだったが、確実にガイに回復の暇を与えた。
 ぼやけていた視界と意識が少しだけクリアになる。

 ――そして、知った。いつの間にか、奴の胸や腹から刃物の切っ先が生えていることを。何者
かが背後から貫いているのだ。
 振り上げていた手が力を失ってだらりと垂れ、落下したブーメランがアスファルトに乾いた音を
立てる。
 断末魔の痙攣に震えるモンスターの体の背後から、唐突に声がした。場違いに明るい声が。

「すっげぇ〜、ホントにできたぜ、背後から忍び寄っての奇襲。くぅぅ、これが虎の狩りかぁ!」

 もちろん、声の主はタイガ=神楽である。奴を貫いている刃は、その左手のデストクローだ。
 ――獲物の背後に忍び寄り、襲う。
 先ほど思い出した、榊が教えてくれた虎の戦い方。自分も『虎』だから、できるのではないか。
その直感に従い、試してみたのだ。

「ニギ・・・・・・ギ? ギ、ギ・・・・・・ギ?」

 テラバイターの苦悶の鳴き声は、戸惑いの色も帯びていた。自分に何が起こったのかを未だ
理解できていないようだ。それも当然であろう。モンスターはライダーに負けず劣らずの優れた
知覚能力を持っている。いくら背後からとはいえ、悟られずに間近まで接近を許すなどありえな
い。

 それを為しえたのは、タイガの特殊能力『隠行』あればこそだった。

 ファイナルベントの際、虚空から突然現れ、獲物に襲い掛かるデストワイルダー。その加護を
受けるタイガには、同じ属性の能力が備わっていたのである。
 さすがに全く同等とはいかず、虚空から飛び出すのは無理だ。しかし、目で捕らわれない限り
は、ライダーやモンスターの知覚を欺き、忍び寄ることができる。
 神楽は誰に教えられる事もなしに、榊の言葉と勘だけで、己の秘められたスキルにたどり着
いたのだ。

「ニギッ! ・・・・・・ギ・・・・・・」

 テラバイターは最期にひとつ、大きく体を震わすと、動かなくなった。
 タイガが爪を引き抜くと、その毒々しい赤の体躯は、糸の切れた人形のように大地に転がった。

12 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:22 ID:???
「さてと・・・・・・おい、大丈夫か?」

 まだ立てないガイに、タイガが声をかける。

(た、タイガ! くっ、よりによってこんな状況で!)

 少しも「助かった」という気がしない。ガイ=黒沢にとっては、タイガは隙あらば襲い来る外道。
モンスターと何ら変わりない、いや、もっとタチの悪い相手なのだ。

「ま、あんたのお陰かもな。この勝ちは。へへっ、ありがとよ!」

 何の他意も無い、感謝の言葉だった。だが、喜びに浮かれた口調がさらなる誤解を呼ぶ。

(こいつ・・・・・・私を囮にした!? 楽して勝つために!)

 ガイはまだ少々ぼやける眼でタイガを睨み付けながら言った。

「・・・・・・卑怯な!」
(はぁ? もしかして、後ろからモンスター襲ったことを非難してんのか? おいおい)

 タイガも負けずに(?)誤解して、啖呵を切った。

「卑怯? 上等だぜ。勝つためなら、なんだって有りだろうが!」
「くっ、とことん性根が腐ってやがる」
「何ぃ? ・・・・・・おっと、お前ぇ、消えかけてるぜ。とっとと逃げたほうがいいんじゃねーの?」

 先に変身したガイの体は時間切れとなり、粒子化が始まっていた。
 単にそれを指摘しただけのタイガの言葉だったが、今のガイ=黒沢の耳には、嘲りの台詞に
聞こえてしまう。怒りに仮面の下の顔――そのこめかみをヒクつかせながら、それでも今は逃
げるしかなく、手近の鏡へと転がり込んでいった。

「覚えてらっしゃい、卑怯者めが!」

 そんな捨て台詞を残して。

「・・・・・・何でだよ。なに怒ってんだ、あいつ?」

 後に残されたタイガ=神楽は、首をかしげるばかりだった。『隠行』の次は、いつもの『ガサツ』
のスキルが発揮されたようだ。
 だが、長々と悩んでいる暇はなかった。

「・・・・・・ん、あれ? あの赤い奴の死体が無い! しまった、トドメを忘れてたっ!」

 地面に点々と血のような体液の跡を残し、テラバイターはその姿を消していたのだ。

13 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:23 ID:???
第九話 <八>

 ――そこは、小さな公園だった。

 入り口の門柱に刻まれた○○公園の字は、左右反転し、ここが鏡の中の世界だと教えている。
 中は申し訳程度にブランコと鉄棒だけがあった。そのくせ、周囲を囲む生垣やら樹木は密で、外
から中が窺いづらい。現実世界なら、住人の憩いの場よりむしろ犯罪の温床になりそうな所だ。

 その地べたを這いずる者がいた。艶やかな赤だった体にはいくつかの穴が開き、体液と泥で汚れ
て赤黒く変わり果てていた。――テラバイターである。
 進み行く先は、青々と茂った低木の陰。見れば長さ30センチほどの白いものが無数に密生して
いた。――卵なのだ、彼女の。
 薄い皮膜が、脈打っている。孵化寸前だ。あと一回、人間たちを喰らって蓄えたエネルギーを注
いでやれば孵る。その為だけに、とっくに息絶えて当然の身を引きずり、母虫はやってきたのだ。

 もう、愛しい塊は目の前だ。震える手を伸ばす。さあ受けよ、最期の養いを。そして栄えよ、こ
の地の果てまでも。そう言わんばかりに。

 ――だが、その時。

『フリーズ・ベント』

 認証音とともに、小さき命たちの脈動を、瞬時に氷の塊が覆って止めた。ほぼ同時に、樹木の上
から飛び降りてきた何者かが、驚愕する彼女を蹴り飛ばした。

「ギ、ギィ、ギニィィィ〜!」
「ビンゴっ、大当たり! とっくに追いついてたのに、わざと泳がせたかいがあったぜ。こんなと
ころにお宝を隠してやがったとはな。へっへっへっ」

 何者か?言うまでも無く、仮面ライダータイガである。半狂乱の態で叫ぶテラバイターなど眼中
に無いかの如くの笑い声。そして、手にした禍々しき戦斧を振り上げる。ターゲットは勿論、凍り
ついた卵だ。

「ギニィ! ギギギギィ〜!!」
「ああ? 『お願い、それだけはやめて』とか言ってるのか? そいつはできねぇ相談だ。・・・・・・
ええいっ!」

 気合とともに振り下ろされた斧は、凍結した塊を粉々に打ち砕いた。舞い上がった白く微細な破
片は、あたかも霧のように美しかった。

14 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:27 ID:???
「ギニィィィィ〜!!」
「泣いてんのか? けっ、心配いらねーよ、すぐに後を追わせてやるぜ! ・・・・・・そらよ!」

『ファイナル・ベント』
「ガォォォ〜ン!」

 咆哮とともに出現したデストワイルダーは、いとも簡単にテラバイターを仰向けに押し伏せ、そ
のまま引きずりながら疾走を開始した。土埃が盛大に舞い上がる。
 走り行くその先には、タイガが待ち受ける。大きく脚を開いて腰を落とし、左手を後ろに引いた
半身の姿勢。装備したデストクローの刃が、日の光を受け鈍く輝いている。

「よし、来い!」
「ウォォン!」

 両者が交錯する寸前、白虎は獲物を手放した。ここまでの突進の勢いをのせたまま。
替わって、タイガの左手がそれを受け止めた。大地との摩擦でぼろぼろになった背中に、カウンタ
ーの威力を込めたデストクローが突き刺さる!

「ギニニニィィィーー!!」
「くたばりやがれぇぇぇ!」

 雄叫びを上げると、獲物の体を左手一本で頭上に差し上げた。
 ――そして、致命の一撃!
 ファイナルベント発動により究極に高められたタイガの『力』が、刺さった爪から衝撃波となっ
て伝わり、内部から全てを破壊する!

「ギニヤァァァァァァーーー!!!」

 断末魔の叫びを残し、テラバイターの体は爆発を起こし四散した。

15 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:30 ID:???
「よっしゃあ、決まったぜぇ! 初勝利だ、イエーィ♪」

 タイガ=神楽は、しばしガッツポーズをとったり飛び跳ねたりして、初めての勝利の味に酔いし
れた。
 ・・・・・・やがて爆煙のはれた後に、モンスターの魂とでも言うべき、淡く光る球体が現れる。

「お、出たな。よし、トラ吉ぃ!」 「ガウゥ♪」
「・・・・・・お預けだ」 「アォォォン〜!?」
「ははは、うそうそ。お疲れさん、食っていいぞ。・・・・・・ん?」 「ガォ?」

 勝利の余波に浮かれた会話を交わしていた主従の前で、不思議な現象が起こった。
 球体の周りに、同様の、だが、かなり小さいものが無数に群がり始めたのだ。
 それは、タイガが破壊した卵の成れの果てだった。――母虫の魂を慕ってなのか?あるいは、自
分たちにも『命』というものがあったことを訴えようとしてか?

 だが、神楽は仮面の下で不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「ふんっ。トラ吉、良かったじゃねーか、デザート付きだぜ。腹いっぱい食っとけよ」
「ガォォォ〜〜ン♪」

 デストワイルダーは歓喜の鳴き声をあげると、球体にかぶりついた。小さい玉も爪先で器用に捕
らえては口にはこんでゆく。

(敗者はただ失うだけ・・・・・・大切なものを、守るべきものを、か)

 相棒の食事を見守るタイガ=神楽の脳裏に、またあの時の、榊の言葉が蘇る。同時に、喜びだけ
に満たされていた心に、ざらつくものが浮かんできた。

(いったい何人喰われたんだ、このカミキリムシに。どれだけ失われちまったんだ、大切なものが。
だめなんだ、行き当たりばったりで戦っても。・・・・・・そうだよ、探さなきゃいけねーんだ。この状
況を終わらせる方法を)

「よしっ、いっちょうやってみるか!」

 気合の入った言葉と同時に、パンッ! と勢いよく右の拳を左の手のひらに打ち付けて、タイガ
はミラーワールドを後にした。

16 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:31 ID:???
第九話 <九>

 ――ニェイ♪ ニェイ♪

 嘲笑うようなテラバイターの鳴き声が追ってくる。
 駄目だ、逃げなくては。喰われる。
 黒沢みなもは、必死に前へと進もうとした。脚は痛くて動かない。這っていくしかない。
 だが、動かない。
 粘り気のある泥がその身にまとわりついて、どんなにあがいても進めないのだ。
 それだけでは、なかった。

 ――お姉ちゃん、どーしてパパを助けてくれないの?

 声に驚き振り向けば、あの少女が腰の辺りにしがみ付いている。

(結花ちゃん! くっ、私は、私は・・・・・・)
 答えに詰まる。体がまた少し、重くなった。

 ――夫を、あの人を助けてください!

 今度は、母親の方だ。娘に並ぶように、黒沢にしがみ付いてくる。体の重さが増す。

 ――助けてください。娘が帰りを待っているんです。助けて。
 ――同僚が風邪引いたせいで替わりに運転するハメになって。なんでこんな目に?
 ――はるばる孫の顔を見に来たのに、見に来たのに。
 ――早くうちに帰ってゲームの続きやりたいよう。早く、早く。

 さらに父親が、バスの運転手が、他の乗客たちが、鈴なりになって黒沢の服を掴んで、一斉に無
念を訴え始めた。

(くうううっ・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい、もう、私には何もできないの、私には!)

 ――ニェェェ! ニィエエ!

 そこへ、テラバイターの鳴き声。背後の間近から。
 恐怖で背筋が凍りそうになる。
 必死に逃げようとするが・・・・・・しがみつく人々が無限の重さとなって一ミリも動けない。救いを
求める声が、あたかも合唱のように耳に響く。

 ――助けて。助けて。死にたくない。痛い。怖い。イヤだ。助けて。逃げないで。逃げないで。
 ――ニェェェ! ニェェイ!

「うわああああああ〜〜っ!」

17 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:33 ID:???
 絶叫とともに、体が軽くなった。

 だが、目の前は真っ白だ。差し込む光がまぶしく、長く瞼を開けていられない。
 しばらくして、やっと明るさになじんできた瞳に映った光景は、見慣れた自分の部屋だった。
 そして、自分がベッドの上で半身を起こした姿勢でいることを認識できた。

「夢か・・・・・・あ痛たたた!」

 動こうとしたら体の随所が痛み、小さく叫んでしまった。だが、その刺激でさらに意識がクリア
になる。

(あれから、どうなったんだっけ? 鏡から出て、しばらく動けなくて・・・・・・ええっ!)

 唐突に、黒沢は顔を赤らめた。自分の格好に気がついたからだ。上半身は、汗で体に貼り付
いているTシャツのみ。下半身はショーツだけだった。男性の手による事態なら、えらいことだ。

「にゃも、起きたの〜?」

 そこへ、缶ビール片手に、谷崎ゆかりがキッチンから出てきた。

「ったく、あんたは重たいから、着替えさせるにもひと苦労だったわよぉ」

 ・・・・・・幸い、この女の仕業だった。安堵してもう一度、辺りを見回す。
 柱の時計は、17時を示していた。半日近く、眠っていた計算になる。

18 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:35 ID:???
「ねぇ、ゆかり。私、どーしたんだっけ? 記憶がイマイチなんだけど」
「え〜〜、覚えてねーの!? ホント、体育教師って馬鹿なのねぇ」
「うるさいっ! いいから、教えてよ」
「へいへい。あんたはさぁ、戻ってくるなり、玄関先でぶっ倒れたわけよ。救急車呼ぶかぁ〜って
聞いたら、それはダメ、寝てれば直るからって言いはるし。着てたジャージはえらく汚れてたから、
脱がしてあげたわ。ブラもきつそーだから、取った。で、ベッドに放り込んで、おしまいってわけ」
「・・・・・・そう。ありがとう、ゆかり。助かったわ」
「はいはい、いっぱい感謝してちょうだいね。せっかくの日曜を、あんたの部屋でTV見てるだけ
でつぶしたんだから。あ、そうそう、お昼は出前取ったから。当然、あ・ん・た・のおごりよね?」

 中腰になり、黒沢の顔を覗き込むようにして、旧友は言った。
 自慢げな表情。悪戯っぽい瞳。初めて会った高校の入学式の朝から、なんら変わらぬその仕草。
 見ているうちに、何か胸にこみ上げてくるものがあった。

「ふぅ・・・・・・」

 小さくため息をついた後、黒沢は谷崎をひしと抱きしめた。

「・・・・・・ええっ? こ、こら、何よ、気色悪い〜、やめれ〜!」

 しばらく抱き続けると、ジタバタもがいていた谷崎も大人しくなった。黒沢の雰囲気から、何か
を感じ取ったようだ。そして、しおらしげな表情でぽつりとつぶやいた。

「・・・・・・あ、あんまりさぁ、ムチャすんなよ。ま、何がどーなってんのか、知らねーけど」
「うん、ありがとう。・・・・・・全部、話すわ。聞いてくれる?」

 黒沢は、谷崎を放すとベッドから降りて立ち上がった。――決意を胸に。

(ごめんね、ゆかり。もう、一人で戦い続けるのは限界なの。あんたを巻き込むわ。そうすれば、
私はずっとずっと強くなれるから)

「何よ、ここでそのまま話せばいいじゃない?」
「だめよ。大切な話なんだから、ちゃんと起きて話さないと」

19 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:38 ID:???
 まだふらつく足取りで、黒沢はTVの前のソファへと向かった。
 谷崎も文句を言いつつも、その後に続く。

(正念場ね。うまく説明しないと、えらいことになるわ。根がお子様だからなぁ、こいつは。下手
すりゃあ、あちこち言いふらしかねない)

 だが、黒沢の中に張り詰めていたテンションは、あるものを見つけてぷっつりと切れた。
 それは、ソファ前の床にばら撒かれたもの――自分のアドベントカード一式だった。
 その一枚、召喚カードの中で、メタルゲラスが鉤爪をにぎにぎと動かしている。
 ――ご主人様、ご無事でしたかぁー♪
 そう喜んでいるようだ。

「ゆかり・・・・・・これは、いったい何かしら?」

 感情を――爆発寸前の火山のような――必死に押し殺して、旧友に尋ねてみた。

「え・・・・・・あ、悪い悪い、あんたのバッグにあった奴、面白そうだからやってみようと思ってその
ままになってたわ。そうだ、これ、どーやって遊ぶの?」
「あんたの仕業かーーーーいっ!ゴルァ!こっちゃー死ぬところだったんだぞ!おまけにあの虎の
小娘には、なめた口きかれるしーーーー!!」

 素っ気無い返事に、黒沢は完全に切れてしまった。犯人の襟首をつかんで、絶叫する。

「ええっ、何、何で怒られてんの、私・・・・・・」

 だが、災いの張本人は、首を傾げるばかりだった。
                                                        (続く)

20 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/05/25(日) 21:40 ID:???
と、いうわけで第九話でした。
毎度の事ながら、長くてスマソ。オリジナル設定も色々入れちゃいまいたし。

今回は『壱』とかの章の区切りを細かくしてみました。そのほうが読みやすいと考
えての事ですが、いかがなものでしょうか?

それにしても、人の心の動きを、不自然でないように描くのはなかなか難しいでつ。
にゃもが、神楽の涙を見ただけで納得したとことか、思わずゆかりちゃんを抱きしめ
てしまうとことか、その奥に流れる感情がうまく伝えられなかったなーと地団駄踏ん
で悔しがってます。

ご意見ご感想、お待ちしております。

では毎度おなじみの当てにならない次号予告です。

『仮面ライダー 神楽』

「ナンパかぁ? だったら消えな、おかど違いだぜ」「虎と知りつつ口説く奴はいないだろう」
「へぇ、あんた今、鏡から出てこなかった? 凄ぇじゃん♪」
「鏡の中に、龍や虎や牛や犀やらがいて・・・・・・みんな死んでる」
「榊・・・・・・そうか、お前が!?」

戦わなければ、生き残れない!

21 :ミネルヴァの梟 ◆yy/aAePc :2003/05/25(日) 22:21 ID:???
いらだとばるさん、乙です!

うわ、今回のは特に長かったですな。おかげで読みごたえ抜群です。
心理描写かー、わたしはうまく使う自信がないからごく短いやつだけにして避けているというか逃げているわけですが。
いらだとばるさんはけっこううまく使ってると思います。
しかし、ゆかり先生、天然のトラブルメーカーですな(w
モンスターの卵とか、なかなかオリジナル設定もちりばめられてて面白いでつ
神楽の容赦なさは参考にさせてもらうとして・・・次回、榊と大阪・・・ナノカナ?

やっぱり、あるとなかなか予想を書き立てられるし、わたしもそろそろ次回予告入れよーかな。


では、次号も楽しみにして待ってます。

22 :SwudF.K6 :2003/05/26(月) 00:28 ID:???
親切な>>1に敬礼!!ノ(`・ω・´)新スレ乙!
色々あったけど遂に4スレ突入…何だか感慨深いですね。
このスレでも頑張ろー>皆(o^-')b

いらだとばる氏乙です!
『仮面ライダー 神楽』第九話読ませてもらいました!!
感情の機微が丁寧に描写されている九話。当方もこれぐらい書きたいな。
タイガ(神楽)の行動を悪く受け取るガイ(にゃも)。初印象って大事だねー
ゆかり先生のはた迷惑な暴れっぷりも最高。友人のバックに入ってる
デッキからカードを抜き取るなんて…さすがゆかり先生。
あと、いらだとばる氏のオリジナル設定、発想がいいですな。
テラバイターが自分の卵を育てる為に人を襲ったとか。
タイガがデストワイルダーと同じ『隠行』能力で奇襲するとか。
特に契約モンスターの特性がライダーに反映される、というのは
他のライダーではどうなるんだろうと今から楽しみです。

次回も激しく期待。まったりがんがってくださいまし(´ー`)ノ

23 :xPTaKino :2003/06/06(金) 03:36 ID:???
遅ればせながら
新スレΓ(_д_Γ)記念仰向け反り

24 :xPTaKino :2003/06/06(金) 03:37 ID:???
>>いらだとばる氏>>6-19
>>10 神楽がタイガであると知ったら黒澤先生はどう反応することか……
どうもすれ違いが多いですな>ガイ&タイガ

>『お願い、それだけはやめて』とか言ってるのか?
モンスターに人間の心を持ってる奴がいるとしたら――お前ならどうする?

ゆかい先生のカード抜き取りは非常に迷惑な行為ですな
結局黒澤先生はゆかい先生に全部話したんだろうか……キニナル

25 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:27 ID:???
誰もいない…あずまんがー龍騎!とあずファイズをうpするなら今のうち
━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━(゚ )━(∀゚ )━(゚∀゚)━

という訳ですさまじく期間をあけていましたが
【あずまんがー龍騎!】【第36話真実の破片】
【あずファイズ/第02話/目覚めの夜】

を書き込みますね(´ー`)ノ
ちなみにあずファイズには…全員出てもらいます。
草加君にはカイザの中の人ではなくスマートブレインのメンバーとしてガンガッテもらいます。

感想orコメントがあるとより良いSSを書けるようになるので助かりマス。よろしくですm(_ _)m
それでは…どうぞ(`・ω・´)シャキーン!

26 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:27 ID:???
【あずまんがー龍騎!作/鷹】【第36話真実の破片】

玄関に美浜と書かれている巨大な家の一面の緑色の絨毯の上で無数の葉がそよ風に乗って
踊っている。その巨大な家の玄関に取り付けてある液晶付きのインターフォンも押さずに
巨大なフェンスをよじ登って越え、敷石を黙々と歩き続ける姿があった。神楽である。家
の扉まで来た神楽はスーッと息を吸い、大声でアピールした。

「ちよちゃんいるかー」

その言葉を合図に神楽を受け入れるように家の扉が開いた。再び中に入り、2階の階段か
ら1つの部屋のドアを開けて自分の探していた人物に手を振った。

「よう、ちよちゃん」
「こんにちわ神楽さん」

ありふれた日常会話。しかしそれは1枚の鏡を通して行われているので、傍目から見ると
神楽は1枚の巨大な全身鏡に話し掛けている格好であった。

「神楽さんお茶でもどうぞ」
「お、悪いな」

神楽はちよの指差したテーブルのイスに座り、いつのまにか置かれているお茶を飲み始めた。

「んーうまい!…でもさ、ちよちゃんってこういうのいつ準備しているんだ?」

首をかしげる神楽。ひっそりと静まったこの家に他の誰かがいるような気配はしない。だ
からこそ毎回来るたびにタイミングよく出てくる程よい熱さのお茶の存在は不思議だった。

27 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:28 ID:???
「お手伝いさんがいるんですよー」
「へー…」

ふと神楽はちよの後ろで何やらごそごそしている物体を見つけた。それは…オルタナティ
ヴの契約モンスター、サイコローグだった。

「お手伝いさんってサイコローグか!」
「ええ、そうなんですよー」
「…ふーっ。ごちそうさま!」

ちよは神楽がお茶を飲み終えテーブルに置くのを確認するとサイコローグに命令した。

「サイコローグ持って行ってくださいね」
「へー便利そうだなー」
「ええ。サイコローグは色々なことを手伝ってくれるんですー。芝生の手入れや樹木の手入
 れ、それに…」

和やかに2人の会話は続いたが、ライダーの宿命か、自然と話題が移っていった。

「それは良かったです…ところで神楽さん、ミラーワールドの様子はどうでしたか?」
「ちよちゃんの言った通り、シアゴ―ストがたくさん増えてるぜ」
「そうですか…コアミラーは見つかりましたか?」
「あれからはさっぱりだな」
「そうですか…神楽さん色々とありがとうございます」
「気にすんなって。ちよちゃんはミラーワールドのこと何かわかったのか?」
「いいえ。前に伝えた以上は…でも、最近感じるんです」
「何を感じるんだ?」
「…この戦いはもう少しで終わります」
「ホントか!?」

ちよの言葉に思わず神楽はイスから立ち上がって真偽を確かめた。

28 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:29 ID:???
「はい。まだ確定という訳ではないのですが、それでも皆さんがこの調子でモンスターを
 倒し続けたらコアミラーは…その存在を維持できなくなります」
「そうか。やったぜ!これでこの戦いもやっと終わるんだな!!よっしゃー!」

神楽は両手を頭上高く振り上げ喜んでいたのでちよが一瞬複雑な表情をしていたことに気
がつかなかった。その手を挙げたまま神楽はいつも胸に抱いていた疑問を口に出した。

「しかしいつも思うんだけどさ、ちよちゃんは何だってそんなに詳しいんだ?」
「それは…」

ちよは迷った。一番初めにカードデッキを手渡して以来、密かにミラーワールドの調査に
協力してもらっている神楽にも黙っているミラーワールドと自分の関係を話すべきか否か。

(…ダメ。やっぱり誰にも…背負わせたくない)
「神楽さんごめんなさい。…それは言えません」
「え?何でだ?」

―キィィン…キィィィン…!

「…やれやれ。続きは後でしっかり教えてもらうぜ」
「…。あ、神楽さん、今日は私も一緒に行きますねー」
「お、ちよちゃんも来るのか。珍しいなー」

ちよは全身鏡の中から自らが作りだした試作デッキ「オルタナティヴ」を神楽に向けにっ
こり笑った。神楽もちよを映し出している全身鏡に龍騎のデッキを反射させる。2つのデ
ッキと2つの想いが1枚の鏡で交差した。

「へんしんだぜ!!」「変身!オルタナティヴ!」

神楽は烈火龍ドラグレッガーを従える龍騎へ、ちよは虚無の瞳サイコローグを従えるオル
タナティヴへと姿を変えた。

「行きましょう神楽さん!」「よーっし、行こうぜ!」

同時に同じことを言ったことに2人は笑いながらミラーワールドに姿を消した。

29 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:30 ID:???
「シアゴ―ストですね」
「ああ」

現れた1匹のシアゴーストを追いかけた2人は高層ビルの上に立っていた。予想が当たっ
てたことに龍騎はあまり喜べなかった。シアゴ―ストは他のモンスターと比べるとさした
る特徴もなく大して強くない。それにもかかわらず龍騎はシアゴ―ストを嫌っていた。何
故ならシアゴ―ストは集団で行動しており、対処に極めて時間が掛かるからだ。現に龍騎
とオルタナティヴのいる高層ビルから道路を眺めてみると道路がシアゴ―ストで埋め尽く
されていた。

「うわ、いるぜ。いるぜ。ちよちゃんどうしようか?」
「二手に別れましょう」

《ソードベント》

オルタナティヴは他のライダー達とはやや大型で異なる形状をしている右手のスラッシュ
バイザーにカードを通した。刻印されたバーコード状の情報を読み込んだスラッシュバイ
ザーは蒼い炎とともにオルタナティヴの両手にスラッシュダガーを構築した。

「じゃあ私はさ、上からサポートするよ!」
「お願いしますね!」

《ストライクベント》

一気に高層ビルから飛び降りていくオルタナティヴを見送り、龍騎は高層ビルの上からド
ラグレッガーの力が宿った炎砲ドラグクローで地上高くから無数のシアゴ―ストへと連続
で灼熱の雨を降らした。

「へっへー!どうだ!」

30 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:31 ID:???
次々と炎上していくシアゴ―ストを確認して誰も見ていないのに龍騎は自慢げに胸を逸らした。

「えい!」

一方のオルタナティヴも龍騎に負けていなかった。スラッシュダガーから全てを燃やし尽
くす蒼い炎を勢いよく発生させるや近くのシアゴ―ストを一瞬で灰にして再び次なるシア
ゴ―ストへと走りよって行く。灼熱の炎と蒼い炎でシアゴ―スト達をどんどん灰にする龍
騎とオルタナティヴ。2人は無数にいるシアゴ―ストを凄まじいスピードで葬っていった。

《ファイナルベント》《ファイナルベント》

そして最後に残された1集団をサイコローグにまたがったオルタナティヴが高速スピンで
吹き飛ばし、残った1匹を神楽が天高く跳躍してドラグレッガーの炎と力を爆発させるド
ラゴンライダーキックで葬った時。ファイナルベントの途中で頭の上を弱々しく飛んでい
たコアミラーを発見したのである。

「御疲れ様です神楽さん」
「ちよちゃんそんなことよりあれを見ろ!」
「コアミラー!」
「ちよちゃんは家で待ってろ!」

《アドベント》

オルタナティヴの返事を待たずにドラグレッガーに乗って龍騎はコアミラーを追跡した。
弱々しく飛ぶコアミラーに楽々と追いついた龍騎はドラグセイバーを両手に握り締めてコ
アミラーに突き刺そうと勢いよくドラグレッガーから飛び降りた。

「これで終わりだーーー!」

31 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:31 ID:???
《ガードベント》

「な!?…またおまえか!」

コアミラーを斬りつけようとした龍騎の前に不意に現れたオーディンがゴルドシールドで
ドラグセイバーを受けとめていたのだ。コアミラーに降り立った龍騎を諌めるオーディン。

「いい加減コアミラーを狙うのは諦めろ…」
「あんたこそしつこいんだよ!」

―ガキィィン!

龍騎は後ろに振り向いてドラグセイバーを再び振り下ろしたが、金色の羽と共に現れたオ
ーディンによってあっさり防がれた。

「すっげー邪魔だー!」
「何故コアミラーを狙う?」
「決まってるだろ!モンスターが人を襲うからだ」

―ガキィィン!

飛び散る火花。対峙するオーディンと龍騎。

「お前は知っているか?…モンスターが人を襲う理由を」
「どうせ腹が減ってるとかだろ!」

―ガキィィン!

妨害されるたびに正反対の方向に斬りつけたが、龍の牙は全て不死鳥に撃ち落された。

「ちくしょう!こんなのってずるいぜ!!」

何度やっても変わらない結末にとうとう力尽きた龍騎はコアミラーにぐったりと座り込んだ。
オーディンは息一つ乱さぬまま話を続けた。

32 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:32 ID:???
「モンスターはコアミラーであるちよを維持するために人を襲う」
「ちよを維持するって…どういうことなんだよ?」

オーディンは黙って自分の真下のコアミラーへ手を近づけた。オーディンの手が近づくにつれ
て深淵の闇で出来ていたコアミラーに波紋が広がっていき、透明になっていった。やがてはコ
アミラーの内部を覆っていた闇が消え…ちよがずっと秘密にしていたことを龍騎は知った。

「な!何でだよ!何でコアミラーにちよちゃんが入っているんだよ!?」
「それはちよがコアミラーだからだ」

オーディンは淡々と答えた。コアミラーの中心には龍騎がいつも見慣れているちよの姿があ
った。ちよは眠るように目を閉じており、1枚のカードとともにコアミラーに漂っていた。

「嘘だ!!」
「嘘ではない。コアミラーが破壊されたらちよも消える。これも真実だ。それでもお前はコ
 アミラーを破壊するというのか」
「!!」

龍騎は言葉を失った。今までコアミラーを破壊したら全てが終わるというちよの言葉を信じ
てひたすら戦い続けてきただけあってその冷酷な事実に龍騎は打ちのめされた。

「そんな…じゃあ私はどうすりゃいいんだよ…」

龍騎の手からするりとドラグセイバーが地上に落ちていき、オーディンはコアミラーを破壊
する危険性が無くなったことを知ってオーディンは龍騎に囁いた。

33 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:32 ID:???
「…最後のライダーは運命を変える力を得る」
「運命を…変える力…」
「そうだ。その力なら全ての運命を変えることが可能だ…ミラーワールドの無い世界に戻す
 ことも…彼女を救うことも…」
「本当か!?」
「…お前も戦うがいい。最後の…1人になるまで…」

龍騎は先程のオーディンの言葉を頭に響かせながらふらふらと現実世界へと帰還した。

「お帰りなさい神楽さん」
「…だよ」
「?」
「何で黙ってたんだよちよちゃん!」

身体を震わせながら神楽は絶叫した。先程のオーディンと龍騎の会話を知らないちよはその
神楽の態度を掴みきれず思わず尋ねた。

「神楽さん何をそんなに怒っているんですか?」
「…オーディンが私にコアミラーの内部を見せたんだ」
「…!!見たんですか…」
「何でちよちゃんは皆に黙ってるんだよ!コアミラーを壊したらちよちゃんも消えちゃうん
 だろ!それなのに…どうして私達にコアミラーを破壊させようとすんだよ!」

ちよは寂しげな表情で神楽を見つめた。何も答えないちよの態度が先程のオーディンの話が
真実であると裏付けたがあまりにも寂しそうな瞳で見つめられ神楽はハッとした。

34 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:33 ID:???
「そ、その何かコアミラーを破壊する以外に方法は無いのか?」
「…1つは現在残っている全てのシアゴーストを倒す方法があります。ですが…」
「何だ?」
「…コアミラーに閉じ込められたままなので結局私は消え去ります…」
「そんな…そうだ!!中に閉じ込められているちよちゃんを助ければいいんじゃないのか?」
「…それは私も考えましたが、コアミラーを覆う闇はオーディン以外は誰にも干渉出来ません…」
「じゃ、じゃあさ、カードを使って…」
「…コアミラーはライダーの力に耐えられるほど強くはないんです。誰かのソードベントを
 受けるだけで粉々に砕け散ってしまいます…」
「そ、それじゃどうしようもないじゃないか!?」
「…」
「何でだよ!ちよちゃんは何でそんなに平気なんだよ!」
「…」
「コアミラーを壊されたらちよちゃんは…!」

神楽は言葉が詰まった。ちよが涙をぽろぽろとこぼしていたからだ。頬を伝う涙を気にせず
ちよは己の選んだ選択を答えた。

「神楽さん…私だって死ぬのは怖いですよー。それでも、自分の意思とは関係なく他の人の
 命で生きる続けるのは…もっと辛いんです…」
「ちよちゃん…ごめん」

神楽は先程までの自分の態度を後悔した。

(私ってホント馬鹿だな。このことで一番辛いのはちよちゃんなのにそれを私は…)

35 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:33 ID:???
「ちよちゃんホントごめん。あのさ…何か私に出来ることはないか?」
「もう、いいんです神楽さん…今までありがとう」
「何だよそれ?」

お別れの言葉を言うちよに神楽は問い詰めた。そして追い討ちで返ってきたちよの言葉に神
楽は息を呑んだ。

「…神楽さんに私を殺せますか?」
「!」

ちよが今の今までコアミラーのことを秘密にしていた理由が神楽にもやっとわかった。コア
ミラーの秘密を知ればおそらくちよからデッキを渡された智、榊、大阪、よみ、かおりんの
いずれも破壊することを今の自分みたいにためらうことになるからだ。

「そうか…だから、今まで黙ってたんだな」
「ごめんなさい…これからはモンスターから身を守る為に変身してください。それから…神
 楽さんお願いがあるんですけど…」
「わかってる…皆には黙っとくよ」
「…ありがとう」

ちよは儚げな笑顔を残して神楽の前から消えた。ちよのいた鏡をぼーっと見つめながら神楽
はオーディンの言葉だけが頭に響いた。

―運命を変える力…

己の手の中にある龍騎のカードデッキを神楽は見つめた。刻々とライダー達に全ての終わり
の日が迫っていた。ライダーとして自らの願いを選ばなければならない運命の日が…

36 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:33 ID:???
【次回予告】

「おやすみなさい千尋」
―お前はあと、3日の命だ―
「私は…私はもっと強い相手と戦いたいんや!」
―急がないといけませんね。だって私も…―

【生き残らなければ真実も見えない。ライダーよ、生き残るために戦え!】

37 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:35 ID:???
次はあずファイズ第2話でふ。どぞー(´ー`)ノ⌒

38 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:35 ID:???
【No.05―かおり】

女性。
当病棟で観察中のNo.04―榊の看護をしていた。
No.04の容態が急変後、自殺。数時間後、蘇生する。
体組織再構築能力―オルフェノクの機能あり
しかし当初錯乱状態であった為、精神安定剤を投与。

○月×日
No.04の容態が変化するまで精神安定剤にて現状維持せよとの指令あり。

オルフェノクとしての能力、容姿を確認できるまで5号室にて隔離、保護せよ。

39 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:36 ID:???
【あずファイズ/第02話/目覚めの夜】

草木も眠る丑三つ時。美浜病院の『霊安室』と書かれた場所で。
白いベットに寝かされていた女性がゆっくりとまぶたを開いた。
夜の海を連想させるロングヘアーにすらっと伸びた四肢。名は―榊。

(ここは…?)

壁の色、灯り、部屋の構造…榊はそのどれにも見覚えが無かった。榊は戸惑いながらも
寝かされていたらしいベットの上で改めて部屋を見渡した。照明灯が周りをぼんやりと
照らし、徐々に薄暗さにも目が慣れてきた榊はそこがどうやら部屋の中央に設置され、
今現在自分がいるベット以外は何もない部屋だということがわかった。だが、それ以上
はわからない。

(…?)

再び胸に疑問が浮かんだが部屋には自分以外誰もいないのでベットから降りた榊はドア
のノブに手をかけた。

―ガチャッ

ドアから顔を出した榊はしばらく部屋の外を観察した。部屋の外の世界は白い壁と消毒
薬の匂いがする。両端の廊下から白衣の女性や男性が歩いていくのを見て榊は

(病院、なのかな…)

と感じた。しかしそれと同時に首をかしげた。そもそも何故自分が病院にいるのかを思
い出せないからである。

40 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:36 ID:???
(…誰かに聞いてみよう)

決断するや榊は今までいた部屋のドアをそっと閉め、とりあえず左の廊下に裸足のまま
歩き出した。曲がり角の先には階段があり、誰かが降りてきた。鋭い眼をした若い男の
医者である。医者はこんな時間に、しかもこの病院の地下病棟にいる榊が廊下からこち
らを見ているのに気がついて注意した。

「君、ここは立ち入り禁止だ。すぐに戻りたまえ」
「あの…」
「何かね?」
「私はどうしてここに…?」

医者も戸惑いながらも答えた。

「見ただけでは健康そうだが…ともかくここは私達以外は立ち入り禁止なんだ。上に送
 って行こう。君の名前は?」
「…榊、です」
「榊…」

ふと、何かが引っかかった医者は榊を普通の病棟ではなく地下病棟の受付に案内した。

「…少しそこに座って待っていてくれ」
「…」

うなずく榊を確認した医者は受付へと姿を消した。白いソファーに座り、真正面に掛け
てある壁時計を眺めながら、先程の医者を待つ榊。時間だけが黙々と過ぎていった。

(私は…いつ入院したんだろう?)

41 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:36 ID:???
どう考えても心当たりの無いので榊は先程の医者が来るまで時計を見続けた。5分程で
先程の医者が受付のドアから出てきて少し蒼ざめた顔で榊の前に現れた。

「あ、あの大丈夫ですか?」
「ああ…大丈夫だ。それよりもちょっと失礼。診察させてもらうよ」

医者はそう言うと榊の脈や瞳孔、心臓の鼓動を診察し、再び押し黙った。

「何か…私の身に…?」
「い、いや君の身体は健康なようだ…」
(この子も…オルフェノク…)

【No.04―榊】

女性。
事故に遭遇し、当病院へ運ばれる。
運ばれる途中に身体に出来ていた怪我を全て修復。
自己再生能力―オルフェノクの素質あり。
しかし、どんな刺激にも反応せず、眠り続ける。

○月×日
容態が急変し、死亡。原因不明。

遺体は○月×日まで霊安室にて保管し、容態が変化次第報告せよ。

42 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:37 ID:???
「大丈夫みたいだ。これなら今すぐに退院出来る。早速手配しよう」
「あ…」

榊がお礼を言う暇も与えずそそくさと受付に再び姿を消した医者はこの病院のもっとも
重要な人物へとつながる直通の回線をつなげた。

「はい。美浜です。何でしょうか?」

少し眠たげな可愛らしい少女の声。奇妙なことに榊を診察した医者はその相手に緊張し
た声で報告を始めた。

「美浜総合病院地下病棟です…コードナンバー04、榊が目覚めました」
「榊さんが…それで容態はどうでしたか?」
「全て正常です」
「わかりました。今すぐ行きますねー。それと…榊さんが事故のことを憶えていなかっ
 たら全て伝えてください」
「全て…ですか…」
「はい。そうです。それとかおりんさんの場所も伝えてください」
「かおりん?」
「コードナンバー05で登録されている女性のことです…それから自殺ではなく、未遂と…」
「…未遂?」
「未遂です。お願いしますね」
「…はい。わかりました。それでは…」
(ふう…気が重いな…)

医者は電話を置くと深く息を吐いた。まだ子供と言ってもよい少女がここの病院の全て
の指示と関わり、運営している。美浜病院のトップシークレットは余りにも非現実的な
話であった。

43 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:37 ID:???
「…すぐに迎えに来るそうだ」
「…ありがとうございます。あ、あの私は一体どうしてこの病院に…」
「君は…何も憶えていないんだね…?」

黙ってうなずく榊を確認した医者はしばし考えた後、重い口調で伝えた。

「君は…交通事故に遭ったんだ…」
「交…通…事…故…」

『榊さん、こっちですよー』

医者の言葉で榊はその日に戻った。よく晴れた休日。榊はかおりんと一緒に街を歩いていた。

『ほら、見てください榊さん!とっても可愛いですよ!!』
『…うん』

(そうだ、あの日私はかおりんと新しく出来たペットショップに…そして、そして…)

『可愛かったですね榊さん。あ、あの…お昼たべませんか?』
『…』
『やったー!!榊さんこっちこっち!』
『かおりん!車が!!』
『え…』

(…!!)

ドンッ!!

『いやああああ!!』
『…』
『誰か救急車を早く呼んでください!!…榊さん死なないで…死なないで榊さん!!!!』

44 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:38 ID:???
「…思い出したかい?」
「…」

一生分の勇気を全て使って新しく出来たペットショップに誘ったかおりんは榊と一緒に
街に出かけ、そして…交通事故に遭遇したのであった。

(…そうだ!かおりんは!!)

徐々に意識が遠くなる中、救急車の中でポロポロと涙をこぼしながらひたすら祈り続け
るかおりんの顔を思い出した榊は慌てて自分が守った少女の行方を聞いた。

「その日私と一緒に運ばれた子は…?」
「…毎日まめに君の世話をしていたが…」
「その子は?」
「…今日君の容態が急変してからその子は…私のせいだと言いながら自殺…未遂をしたんだ…」
「!!」

一瞬どちらも口を閉ざしたが普段からは考えられないほどの強い調子で榊は再び問い詰めた。

「それで今どこに!?」
「この地下病棟の5号室にいる…って待ちたまえ!!」

榊はもはや医者を待つことなく疾走した。医者は伸ばした手を力なく下げ、やれやれと
言った感じで溜息を吐いた。

(これで…本当に良かったのだろうか?命令とはいえ消えかけていた事故の想い出を教
 えて、05の居場所も教えるなんて…)
「これで良かったんですよー」

榊の消えた方向とは正反対の廊下から響いた声に医者は慌てて振り向き、そこに両親の
謎の失踪以来、美浜財閥の富と力と栄光と重荷の全てを受け継いだ女性が立っているの
を発見した。

45 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:38 ID:???
「ちよ様…」
「ちよでいいですよー。…お仕事おつかれさまです。あとは私に任せてください」
「ですが…何故彼女にコードナンバー05の居場所を伝える必要があったのでしょうか?」
「かおりんさんが榊さんを呼んでいるからですよー」
「…それは一体どういう…?」
「宮城さん」
「は、はい」

突然名前を呼ばれ医者は緊張すると同時に自分の余計な詮索を後悔した。今、自分の目の
前にいるのはただの少女ではなく、美浜財閥の頂点に君臨する者だからだ。

(迂闊だった…この人がその気になれば俺1人消すくらい簡単なのに…俺は何てことを…)
「…今日はご苦労様でした。おやすみなさい」
「え…?」

戸惑う医者に微笑むとちよは振り返りもせずに榊のあとを追いかけ始めた。

(12号室…11号室…10号室…9号室…)

その頃榊はひたすら5号室目指して走り続けていた。ちよと医者の会話が終わった頃には
長い廊下を走りきり、目的の部屋に辿り着いていたのであった。

「ここにかおりんが…」
『その子は…私のせいだと言いながら自殺未遂をしたんだ…』

大きく息を吸うと榊は『5』とだけ書かれた個室のドアを開けて右奥のベットに近づいて
いった。そしてベットに横たわり静かに眠っているように見える女性は榊の知っているい
つも通りのかおりんであった。

「かおりん…」

46 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:39 ID:???
榊の声が部屋で響いたその時。かおりんは一瞬目を大きく見開いた。その顔全体に幾何学的
な黒い紋章が浮かんでいる。不安になった榊は再び名を呼ぶ。

「かおりん?かおりん…かおりん…?」
(あれ…?)
「榊さん」

ギョッとした榊が目を凝らして見た次の瞬間には黒い紋章は消え再びかおりんのまぶたは閉
じた。その後はいくら呼び続けても反応しないので途方に暮れていた榊は声がした方に振り
返ってみると、そこには昔のままの友人がにっこりと微笑んでいた。

「ちよ…ちゃん…?」
「お久しぶりですね榊さん」
(でも…ちよちゃんは…アメリカへ…)
「…色々ありましたのでアメリカから帰ってきました」
(今のは…?)
「榊さん、気にしないでください」

榊の隣に立ったちよはかおりんに声をかけた。

「…かおりんさん、榊さんと一緒に迎えに来ましたよー」
「え、榊さん…どこどこ!?」

かおりんはその一言で先程までその本人に呼ばれても起きなかった意識を取り戻して上半身
だけベットから起き上がると首を左右に振り榊を発見した。

「榊さん!」
「かおりん!…良かった」
「え?え?どうしたんですか榊さん?それにここは…?」
「ここは病院ですよ。かおりんさん。今日はお迎えに来ました」
「え?何だかよくわからないけど2人で迎えに来てくれたんだー。榊さんありがとう!!」
「榊さん…かおりんさんは目覚めたばかりなので前後の記憶を忘れているんですよー」
「え…」

47 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:39 ID:???
ベットから起き上がったかおりんには聞こえない小声で隣の榊にちよは告げた。

「忘れている…?」
「あとで話しますね…榊さん、かおりんさん行きましょう」
「…うん」
「待ってー…ここって病院にしては暗いわねー」
「かおりんさん、今は真夜中なんですよー」
「ふーん…」
「はーい♪皆さん退院おめでとうございまーす!!」

3人が病院の玄関から出た時、なんの予告もなしに暗闇の中から全身青いドレスのようなも
のを着た女性が現れて近づいて来た。胸には「SMART BRIN」と銀色の文字で書か
れていた。

「…2人は下がっていてください」

榊とかおりんに合図するとちよは一歩進み出て、その女性に声を掛けた。

「スマートレディーさん、用件は何でしょうか?」
「ちよちゃん、そんな恐い顔しないでください。お姉さん泣いちゃう。えーん」

両手を顔に持っていき目を拭くしぐさをする彼女はスマートブレイン社の中核を支える存在
スマートレディーであった。

「…今ここで私と戦いますか?」

ちよは殺気立っていた。後ろから2人の様子を見ていた榊とかおりんにはわからなかったが
先程のかおりんと同じくちよの全身にもうっすらと黒い紋章が浮かび上がる。

「どうしてちよちゃんはそんなにお姉さんを嫌うのかなー?」
「…帰って村上さんに伝えてください。私は決して…あなた達とは手を結びません」
「えーん。悲しい。でも…気が変わったらいつでも呼んでネ!それじゃあまた、ね」

元気よく3人に手を振りながらスマートレディーは現れた時と同じく再び闇夜に姿を消した。

48 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:39 ID:???
「今のは…」「ちよちゃんあの変な服着た人一体だ、誰なの?」

2人は今の女性のことを尋ねた。ちよはただ一言

「榊さん、かおりんさん、今日は遅いので私の家に泊まっていってください。詳しいことは
 明日お話しますから」
「…わ、わかった」「は、はい」

と言った。逆らいがたいちよの言葉に思わず2人はうなずいて同意してその日はちよの家で
泊まることになった。

「榊さん、私達一体どうしたんでしょうねー?」
「…私にもわからない…でも…」
「でも…」
「ちよちゃんは知ってると思う…」

―交通事故に遭遇したはずなのに無傷である自分の身体のこtも
―かおりんの顔に一瞬浮かんだ紋章のことも
―ちよの帰国理由も
―闇夜から現れ闇夜に消えていった謎の女性のことも

「…明日になればちよちゃんが、教えてくれる…」
「そ、そうですよね!榊さんおやすみなさい」
「…おやすみ」

かおりんに眠りの挨拶をしたあともしばらく榊の頭を口には出せなかったたくさんの謎が駆
け巡ったが、考えることを諦めた榊はゆっくりとまぶたを閉じて長い夜を終えた…

49 :SwudF.K6 :2003/06/15(日) 17:40 ID:???
【Open your eyes for the next Azuφ's】

「誰にも私の邪魔はさせん…」
「はぁーい☆皆さんこんにちわ」
「あかんで!これはちよちゃんのや!」
「神楽行っけーーー!!」

【Complete!!】

50 :いらだとばる ◆rOzGUTic :2003/06/18(水) 21:05 ID:???
◆SwudF.K6さん、乙です!おお、ファイズの方まで新作が♪

>【あずまんがー龍騎!】【第36話真実の破片】

サイコローグのお手伝いさん・・・・・・メチャ藁タ。メイド服来たローグ君が脳裏に浮かんで
笑い転げました。スーパーで買い物してたりして(w

コアミラーの秘密・・・・・・驚愕!悲しい結末になりそうでつね。コアミラー=ちよを維持する
ために人を襲うモンスターとか、とても冴えてるオリジナル設定、グッジョブ!

次回、大阪さん暴走開始か?どんな戦い方をするのでしょうか?

>【あずファイズ/第02話/目覚めの夜】
続きが待ち遠しかったです♪

>一生分の勇気を全て使って新しく出来たペットショップに誘ったかおりんは榊と一緒に
>街に出かけ、そして…交通事故に遭遇したのであった。

かおりんの心中は察して余りあるなぁ(T^T)g
『必死に看病 → 榊が危篤になったら、自責の念に耐えかねて自殺』
って展開も、いかにもかおりんらしい。
全身全霊で看病している場面とか、ついに絶望して死を決意する場面とか、作中には詳
細が描かれていない情景まで、なぜか脳内に浮かんでしまいました。
過不足の無いバランスの取れた文章は勉強になります。

あと、妙に迫力のあるちよちゃんも萌えますた。凛々しい!

オルフェ側はこれで榊、ちよ、かおりん。この三人をどう迎え撃つのか、ボンクラーズ!?
暦の動向も気になる〜。

龍騎もファイズも続きを熱望〜っす♪

51 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:29 ID:???
>>◆SwudF.K6氏
>>26-35
>弱々しく飛んでいたコアミラー
>弱々しく飛ぶコアミラー
やたら弱弱しさが強調されていてワラタw
一反木綿を連想しました。こんな感じ→〜〜〜<´σ`>
>ライダーとして自らの願いを選ばなければならない
>>33とか見てると 神楽も……ガクガクブルブル
>>38-48
>私のせいだと言いながら自殺…未遂をしたんだ…」
↑なんかいかにも嘘ついてるっぽいw
「自殺しようとした」ぐらいが適切かと……。宮城医師 気がきかなすぎw

美浜財閥と村上派は対立関係か……
コードナンバー01〜03は木場一派のような予感が。。。
スマートブレインでの役割が気になる……>草加君

52 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:29 ID:???
私も久々に自分の分をUPさせていただきまする
とりあえず前スレのあらすじ

2000.11.28  後藤、【アーク】のデッキを受け継ぐ
2000.11.30  大山将明、【デューク】のデッキを入手
2000.12.09  瀧野智、原因不明の難病により入院
2000.12.10  神楽、【セイバー】のデッキを入手
        谷崎ゆかり【スコピオ】、モンスターとの戦いにより負傷
2000.12.20  学校にモンスター出現
        大山将明、谷崎ゆかりを破る――【スコピオ】の離脱
2000.12.21  黒澤みなも【スレイダー】、大山将明と引き分ける

53 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:30 ID:???
【それぞれの冬】
第7回  血

 12月23日、土曜日。
 クリスマスを控え、商店街は様々な飾りに彩られる。その飾りのうちでも、
ひときわ目立つのが、駅前にある大きなクリスマスツリーである。毎年この季
節になると、付近の商店が総出で準備にあたる。また、ツリーの飾られている
期間中は辺りの街灯はともされず、人々は、ツリーに巻きつけられた無数のラ
イトの中家路を急ぐのである。
「……」
 黒澤みなもは、無言でツリーの頂上に据えつけられた星を見上げた。
「……ゆかり」

 去年の冬――おととしの冬もそうだったかもしれない――黒澤と谷崎はクリ
スマスの夜を女二人で過ごした。
 街中にあふれかえるカップルたちの陰口を叩きながら、痛飲する。
 いわゆる『独り者同士ぱーっと呑んで騒ぐパーティ』である。
 その帰り道、酔った谷崎ゆかりはこのツリーの上にある星を欲しがった。
「にゃもー、あれほしいー」
「何言ってんのよ。子供じゃないんだから」
「あんた体育教師じゃん!」
 理不尽な叫びとともに、ならば自分で手に入れるまでとばかりにツリーにし
がみつく。酔った身体のこと、巨大なクリスマスツリーの頂上まで登りおおせ
るわけもなく、ずるずると地べたに倒れ、しまいにはその場で嘔吐する始末。

 そのような馬鹿馬鹿しい光景も、今ではひどく懐かしく思えるのだった。
 谷崎ゆかりは、もういない。
「今年は……本当に、一人ね」
 小さく呟き、星から目を離し、再び歩き始めた。右手にはスーパーの買い物
袋。左手首にはめられた腕時計は、まだ午前11時をまわったばかりだった。(1/7)

54 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:30 ID:???
 アパートに辿りついた黒澤は、大儀そうに買い物袋をテーブルの上に載せる
と、崩れるようにソファに座りこんだ。
 体中を徒労感が覆っている。
 いつしか、彼女はソファにもたれて午睡をむさぼっていた。

 電話のベルの音で目が覚めた。
 スリッパをひきずり、受話器をとる。
 声の主は、母親だった。やけに息が荒い。
「みなも……!」
「どうしたの? 母さん」
「武が……武が、帰ってきたんだよ!」
 彼女は耳を疑った。数年前に家を出て行方知れずになったままの弟が、実家
に帰ってきたというのだ。彼女は、受話器をおくと、靴を履くのももどかしく
愛車に乗り込み、実家へ急いだ。
 長い間音信不通だった弟に、今日やっと会える。
 そう思うだけで、親友を失った黒澤の心は、多少なりと慰められるのだった。

 合鍵をポケットから取り出す。
 久しぶりの手ごたえとともに、懐かしい家の扉が開いた。
 玄関に、男物の靴が二足と女物の靴が一足、並べておいてある。
 黒澤はさほど気にもとめずに靴をぬぎ、同じように並べて家に入っていった。
「ただいまー」
 ドアを開けた先のリビングには、少し小さくなったように見える彼女の母親
と、最後に見たときに比べて随分痩せたように見える弟の姿と――大山将明が
いた。                              (2/7)

55 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:31 ID:???
「こんにちわ、先生」
 母よりも弟よりも先に、大山が口を開いた。
「……え? ……あ……」
「この人が、武を連れてきてくださったのよ」
 母親がえびす顔で説明を加える。
(――でも、どうして?)
 黒澤が疑問を禁じえずにいると、大山がにやりと口元を歪めた。

 音。

(!)
 黒澤がはっとして部屋の隅にある鏡に目をやると、そこには大山の契約モン
スターである黒豹の姿があった。
「逃げて!」
 黒澤が叫ぶと同時に、それは鏡から飛び出してきた。疾風のごとく、黒い獣
が彼女の弟へと突進していく。
 かの獣に追いすがろうと、彼女は床を蹴った。肩に何かがぶつかった。横か
ら大山がしがみついてきたのだ。脚が絡みあい、二人は平衡を失って倒れた。
「離れなさい!」
 黒澤は、怒鳴りながら腕をひきはがし、大山の腹部を蹴り上げた。
 弾き飛ばされた大山は壁に激突する。
 黒澤は立ち上がった。

 遅かった。

 弟は既に黒豹の胃の中に収まり、母は上半身を失っていた。
 唖然とする黒澤の背後で、大山がおもむろに起き上がる。     (3/7)

56 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:31 ID:???
「これで、私的な事情は解決されましたね」
 落ち着き払った声だ。人間二人が獣に食いちぎられ絶命する、その光景を目
の当たりにしてなお、大山は冷静であった。
「……な……なにを言っているの……?」
 ゆっくりと振り向いた黒澤の顔は、ショックのあまりひきつっていた。
「あなたがより崇高な目的に邁進していくことの障害となる存在が、これで消
滅したのです。喜ばしいことではありませんか」
 大山は、晴れやかな表情で黒澤に告げた。
「さあ、黒澤先生、世界平和を実現するために――力を貸して欲しい」
 対する黒澤の心は、怒りに満ちていた。放心してしまいそうな自己をかろう
じて統制し、低い声で呟く。
「……どれだけ奪えば気が済むの!?」
 旧友である谷崎ゆかり。自分を産み、育ててくれた母。ともに育ち、また、
自分がその行方を長年探していた弟。それら全てが、この男――大山将明の手
により葬られた。
 彼の望むものが何であるかなど、彼女のあずかり知るところではない。
 自分にとって大切な存在を、事もなげに次々と消していく彼は、憎んで余り
ある忌まわしい者であった。
「あなたは許さない……絶対に」
 黒澤は鏡に向かってデッキを掲げた。
「無駄骨でしたか……残念だ」
 大山もポケットから悠然とデッキを取り出す。

 光とともに、二人の身体を装甲が覆った。
 漆黒の鎧に身を包む大山将明――仮面ライダー・デューク。
 淡紅の鎧に身を包む黒澤みなも――仮面ライダー・スレイダー。  (4/7)

57 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:32 ID:???
 黒と薄紅が向き合った。
 黒の腕の先には、棍棒の先に無数の鋭い突起を擁する通称”狼牙棍”。
 薄紅の掌に握られるのは、穂先が蛇のごとくうねった通称”蛇矛”。

 両者、互いの強さは心得ている。
 肉親二人の惨死を見せつけられたからといって怒りにまかせて突きまくる
ような戦いをするほど、黒澤も無謀ではない。他方、大山にも油断はない。

 スレイダーの矛先がわずかに外に向いた。
 デュークが間髪入れずに一歩を踏み込み、袈裟懸けに棍を振り下ろした。
 矛の柄がぐるりと回転し、それを弾く。
 薄紅の脚が飛んだ。黒い装甲の脇腹に、それは炸裂する。
 衝撃に一瞬よろめいたデュークの胸に、矛の一突きが火花を散らした。
『アドヴェント』
 胸を突かれながらも、デュークは左腕のバイザーに一枚のカードを差し込んだ。

 風を切って黒豹が走り出てくる。
 顔面を矛の先で弾いた。
 矛は空を切り、黒い影がスレイダーの頭上を横切った。
 間をおかず、デュークの棍が彼女の身体に迫った。
 かろうじて身をかわすスレイダーに、今度は黒豹が飛びついてくる。
「くそっ!」
 間断なく続く二体による攻撃を払いのけながら、スレイダーはカードデッキに
左手を伸ばした。素早く一枚のカードを抜き取り、バイザーに挿し込む。
『アドヴェント』                        (5/7)

58 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:32 ID:???
 機械音のあがったのを確認すると、スレイダーは半歩後ずさるとともに、空中
に矛を一閃させた。
 気合とともに振り下ろすと、矛の先端から白い霧が吹き出で、それは奇怪な音
をあげながら固形化した。赤い瞳に赤い舌、白い体色の大蛇。かの大蛇は、血の
ごとく真っ赤な舌をちらつかせながら、黒豹に向かい這っていった。

 白と黒の絡みあう傍ら、再びスレイダーとデュークは向き合った。

 蛇矛が空を切った。
 スレイダーがデュークに猛然と突進していく。
 五歩、四歩、三歩。両者の距離は秒を待たずに狭まっていった。
 武器が打ち合う。
 スレイダーは脚を止めなかった。
 黒と紅の鎧が絡みあい、硬い音をたてた。

 再び離れた。
 デュークがよろめく。
 一瞬の接触のうちに、スレイダーの打撃が何発か彼の身体に命中していたのだ。
 攻撃の成果を確認すると、スレイダーは音もなく一歩を踏み出した。
 矛が黒の胸当てを突く。
 二、三度火花が散り、デュークの身体は5メートルあまりもはねとばされ、黒
澤家の外壁を破り屋外に出た。
 スレイダーがそれを追う。                   (6/7)

59 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:32 ID:???
『ファイナルヴェント』
 不意のことだった。痛恨の打撃を受けて倒れた筈のデュークが、その姿勢のま
ま必殺のカードを用いたのである。
「なっ……」
 スレイダーの背後から無数の黒紐が降り注いだ。
 かわす余裕もなく、彼女の身体はがんじがらめに縛られた。
「これが、勝負というものです」
 デュークは、起き上がりながら呟くと、空に棍を投げ上げた。
 飛び上がる黒い鎧。飛び散る黒紐。打ち下ろされる狼牙棍。
 砕けた紅のデッキが、乾いた音を立てて地面に落ちた。

 淡紅の鎧が消え、後には横たわる黒澤みなもだけが残された。
「これが、……勝負というものです」
 仮面の下で大山は再び呟き、黒澤をまたいで鏡の向こうへと帰っていった。

 ほどなくして、黒澤の姿は虚空に消え去った。          (7/7)

60 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:33 ID:???
【次回予告】

瀧野「あのさ、なんでもクリスマスプレゼントもらえるとしたら何がいい?」

水原「……なんでも……」

戦わなければ生き残れない

61 :xPTaKino :2003/06/19(木) 03:34 ID:???
しまった。
>>53のゆかりのせりふを「あの星がほしいー」
に修正するのを忘れていた……
(まあどっちでもいいけどw

62 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/06/25(水) 21:46 ID:???
◆xPTaKinoさん、乙です。

ここまでの粗筋つきで親切な
【それぞれの冬】第7回  血 
読ませていただきました。
>その帰り道、酔った谷崎ゆかりはこのツリーの上にある星を欲しがった。

女二人のクリスマス・・・原作にもあってよさそうな場面ですな。
星を欲しがって暴れるゆかり・・・いかにも彼女らしいっす。
ツリーの☆ネタに出会うと、ついつい『めぞん一刻』の名場面を思い出して
しまう私は、もう若くないっす。

>落ち着き払った声だ。人間二人が獣に食いちぎられ絶命する、その光景を目
>の当たりにしてなお、大山は冷静であった。

(゚ロ゚;)コワイ・・・ 最近の大山は怖い。宗教やってる人の怖さだ!

>ほどなくして、黒澤の姿は虚空に消え去った。

うう、ついににゃもまで死亡(T-T) すっかり主役やな、大山(w

次の犠牲者は暦・・・・・・?
続きを心からお待ちしております。

63 :◆f.SwudF.K6 :2003/06/25(水) 23:30 ID:???
弱々しくdでたコアミラーから飛来してきますたw

◆xPTaKinoタソ、乙!!
あらすじは本当にいいアイディアだね。読み手に優しい親切設計(o^-')b
何気にデッキの名前もわかったので嬉しい。
>「あなたがより崇高な目的に邁進していくことの障害となる存在が、これで消
>滅したのです。喜ばしいことではありませんか」
ここらへんから何かを感じる…(((( ;゚Д゚)))
大山君はキテますね。電波カコ(・∀・)イイ!!更なる活躍に期待大。

ストーリーもデッキもオリジナルストーリーの「それぞれの冬」
次回も楽しみにしていますm(_ _)m

64 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:25 ID:???
周知の事実でしょうが告知してみるテスト
http://www.moebbs.com/kamen/
moebbs内に仮面ライダー板ができました。

1ヶ月近くUPがない……
ジェイ、このままではあなたまで裏切り者になってしまう。
こっそりと続きUP

65 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:25 ID:???
【それぞれの冬】
第8回  聖夜の死闘

 また一人、ライダーが、死亡した。
 ライダーの名はスレイダー。
 弟と再見を果たすためにライダーとなるも、仮面ライダー・デュークとの戦
いにおいて、力及ばず敗れ去ったのである。
 その知らせは、吾妻士郎によりそれぞれのデッキ所有者に伝えられた。

 黒澤みなもの死。
 神楽にとっては、二度目の恩師の死である。
 しかも、それをもたらしたのは、谷崎ゆかりを葬り去った当人でもある大山
将明であるという。
 彼女の心に、これまで芽生えたことのない感情が走った。
 怒りともいえない、憎しみとも違う、何か形容不可能などろどろした負の感
情。胸の奥から沸々とこみ上げてくるそれに、神楽は咳きこんだ。一度二度と
のどを震わすたび、自分の中の何かが疼きだすのが感じとれた。
 苦痛に耐えかね、神楽は目の前の壁にかけられた大鏡に手拳をうちこんだ。
ピシリ、と堅い音がして、鏡面にひびが入った。鏡面の裂け目にはりついた自
分の拳を、おもむろに引き剥がす。鏡の破片で皮膚が切れたのか、中指の付け
根から一筋の赤い血液が垂れてきた。
「せん……せ」
 壁に両手をついた。亀裂をまたぐようにして、自分の顔が映っている。
 神楽は、しげしげとその顔を見つめた。
 これまで、これほど丹念に自分の顔を眺めたことはなかった。
 しかし、今は違ったのである。
 自分の顔を確かめたかった。
 自分の顔を見つめることで、今胸の奥からじわじわと湧き出ている得体の知
れない感情の正体を探ろうとしたのだ。            (1/12)

66 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:25 ID:???
「あー」
 先ほどから、瀧野智は何度も寝返りをうっていた。暇なのである。今日はな
ぜかやけに気分がよく、病気による発作も起きない。しかし入院生活は退屈そ
のもので、瀧野は今まさに退屈によってその命を蝕まれていた。
「つまんねぇー! 日曜日だってのに……」
 瀧野はそうぼやいて体を回転させ、ベッドにうつぶせになった。枕に顔をう
ずめる。自分の汗のにおいがした。
 瀧野は無言で枕を壁際に押しやると、脇にある携帯電話に手を伸ばした。
 退屈のあまり、手当たりしだいにクラスメートたちに電子メールを打ちまくっ
たのだが、返信されてきたメールは未だ一通もなかった。
「なんだよ、みんなしてシカトしやがって」
 口先を尖らせ、携帯電話を放り投げる。放り投げられた携帯電話は壁際に立
てかけられた枕にぶつかり、力なくシーツの上に落ちた。

 彼女が暫くふてくされていると、病室のドアが開いた。
「メリィークリスマァス、瀧野さん!」
 開いたドアから颯爽と部屋に入ってきたのは、学校でも変人との誉れ高い古
文教諭の木村であった。いつもの背広にネクタイ姿、片手に花をささげ持ち、
蛍光灯の光を眼鏡に反射させながら、つかつかとベッドに迫ってくる。
「ぅわ……木村……先生」
 瀧野は反射的に、かけ布団に顔を半分隠した。
 なんとなく、この男にお見舞いに来られてもいまいち嬉しくない。
「気分はどうだぁーい、瀧野さん!」
 そんな彼女の思いも知らず、木村は実に晴れ晴れしい表情で慰問する。
「……普通……ですね」
「そうか、普通か。まあ、病気なんかアタタタターとやっつけて、早く復帰するんだ
よ。この時期勉強が遅れると取り戻すのが大変ですからねえ」
 木村は、エネルギッシュに激励しつつ、持ってきた花をベッドの傍の花瓶に
さしかけた。                       (2/12)

67 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:25 ID:???
「ん?」
 通用門を通り病院内に入った水原暦は、見覚えのある女性と子供の姿をロビ
ーに発見した。二人は、笑顔で指相撲に興じている。ウェーブのかかったブラ
ウンの髪をもつ柔和な表情の女性が親指を寝せれば、猫のような瞳をしたロン
グヘアの少女がこれを迎え撃つ。
「ああ、木村の……」
 二人は母娘だ。娘は写真で目にしただけで直接会うのは初めてだが、母のほ
うには一度学校で会ったことがある。何でも、その時は寝坊で弁当を作るのが
遅れたため届けに来たらしい。少々おっちょこちょいな奥さんなようだ。
 母娘が指相撲に興じる微笑ましい光景を暫く眺めていると、やがて病院の奥
から木村が歩いてきた。
「やあ、水原さん。瀧野さんのお見舞いですか?」
「あ、はい」
 木村は、水原に笑顔で呼びかけてくる。
 木村が戻ってきたのに気づくと、娘は、母との指相撲を切り上げて父のもと
へ走っていった。母も、後ろからついてくる。
「あら、こんにちわ」
「こんにちわ!」
 水原に気づくと、木村の妻はにこりと笑って挨拶した。娘もそれに倣う。
「これからクリスマスケーキを買いに行くのですよ」
 木村は、水原に説明した。

 右に木村、左にその妻、真ん中に娘。三人は、手をつないで病院の通用門を
出た。少女のはしゃぐ声が、水原の耳に余韻を残す。
 学校では変人扱いされている木村も、存外、家では素敵なパパらしい。(3/12)

68 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:26 ID:???
 水原は、もういい加減通いなれた廊下を通り、瀧野智の病室にたどりついた。
「あ、よみ」
 所在なげに携帯電話を眺めていた瀧野が、友人の来訪に気づいて画面から目
を離した。その横たわるベッドの傍にある花瓶には、新しい花がそなえられて
いる。
「新しい花だな」
「木村が持ってきたんだよ……気持ちわりい」
「気持ち悪いとかいうなよ」
 軽口を叩く瀧野をたしなめ、水原は先ほど自分が見た木村一家のようすを語っ
た。奥さんはきれいで、子供は可愛い。親子三人仲むつまじくクリスマスケー
キを買いに行った――
 言葉にしてみると、絵に描いたような幸せな家庭である。
「あの奥さんの価値観が、どうもわかんねーよなあ」
「たで食う虫も好き好きというからな」
 かの奥さんがいうごとく『木村の時代』が将来回ってくるとは、水原もまっ
たく考えていなかったが、だからといって奥さんの趣味を否定するいわれはな
い。入院中の瀧野に花を贈るなど、意外に優しい一面もあるようだ。学校で木
村が数々の奇行を演じているのは、不器用な彼なりの、学生たちに親近感を示
すための方法なのかもしれない。

 水原と瀧野が雑談していると、再び病室のドアが開き、おさげの少女が入っ
てきた。彼女たちの同級生・美浜ちよである。彼女は、年齢的にはまだ小学生
なのであるが、その能力と学校側の裁量により、高校に編入を許されて今に至
る。
「よみさんも来てたんですかー。ともちゃん、具合どうですか?」
 独特の子供らしい声で、美浜は二人に呼びかけた。
「気分は、いいぞ」
 瀧野が笑顔で応じる。                   (4/12)

69 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:26 ID:???
「今日はクリスマスですねー」
 『クリスマスイブ』を『クリスマス』の呼称で呼ぶ人が、日本には多い。天
才少女といえども、その傾向にあえて逆らうつもりはないらしい。別に拘るほ
どのことでもないのは、確かである。
「ああ」
 水原が、微妙な表情で答える。彼女にとって、サンタクロースやトナカイと
いったものは、遠い昔の思い出だ。今さらどんなプレゼントがもらえるかなど
と期待する歳でもない。だからといって、少女である美浜を前に、おもしろく
もなさそうな表情をするのは、純真な彼女の気持ちに水をさすことになるだろ
う。
「あのさ、なんでもクリスマスプレゼントもらえるとしたら何がいい?」
 瀧野が、突然問いを発した。
「……なんでも……」
 瀧野の言葉に、一瞬水原はぎくりとした。
 似たような言葉を、最近どこかで耳にしたような気がしたからである。それ
も、自分にとってあまり好ましくない状況で。
「……それは、本当になんでもか?」
 自分の表情が一瞬曇ったのが、水原にはわかった。それを二人に気取られる
のは何となくまずい気がして、彼女はとにかく言葉をつないだ。
「百兆円とかでもいいのか?」
「うー……もうちょっと現実的なのがいい」
 とっさに口をついて出た言葉であった。
 二人は自分の表情の変化に気づいていないようだ。ここは、冗談でつないで
押し通すのが得策だ。水原はそう思い、さらに続けた。
「いくらぐらいなら現実的だ? 一千万もだめか?」
「いくらって言われるとなあ」
 瀧野は、ベッドの上で呆れたように呟いた。         (5/12)

70 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:26 ID:???
「ちよちゃんはなにがいい?」
 瀧野は、金に汚い水原をうっちゃって美浜に話をふった。
「えっとー」
 美浜は、少し考えるそぶりをみせる。
「あ!」
 何か思いついたようだ。その表情は明るく、少女らしい期待に満ち溢れていた。
「駅前におっきいツリーがあるじゃないですか。あれのてっぺんのでっかい星
がほしいです。あれは昔から欲しかったんですよー」
「へぇー」
 笑顔で答える美浜に、瀧野もまた笑顔でうなづく。
 そして、水原に向き直って、言った。
「これが汚れていない心だよ、よみくん」
 
 ただでもらえるものならば、それにこしたことはない。
 問題は、代償を払わなければ達せられない願いをどう扱うべきかということ
であった。                        (6/12)

71 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:26 ID:???
 夜。クラスの名簿をたよりに、電話をかけた。
「はい、大山です」
 静かな若い男の声が応対した。
「将明君はいらっしゃいますか」
「僕ですよ。……その声は、神楽さんだね」
 受話器の向こうの男が不敵に笑うのが目に見えるような気がした。神楽は、
高まるいらだちを抑えきれず、右足でそばにある洋服だんすを蹴りつけた。
「今、あいてるか?」
「デートのお誘いか。嬉しいね」
「学校の昇降口に来い!」
 言い捨てるや否や、神楽は携帯電話の電源ボタンを押した。奴のくだらない
冗談につきあっているほどの心の余裕はない。机の引き出しからデッキを取り
出し、ズボンのポケットにしまうと、ウインドブレーカーを体に羽織り、自転
車に飛び乗って学校に向かった。
(――あいつは、許せねえ)
 冬の冷たい夜風を受けながらペダルをこぐ道すがら、神楽はひたすら心の中
でその言葉を復唱した。ライダーの戦いとか、勝ち残れば叶えることができる
願いとか、そういうものには興味がない。ただ、自分の恩師二人を立て続けに
冥府に送った大山将明のことは許せなかった。

 塀で視界のさえぎられた狭い十字路を右折しようとしたとき。
 不意に、彼女の耳を、ミラーワールドからの干渉音が刺激した。
「!」
 両手でブレーキを握り、片足を地面についた。自転車を塀に立てかけ、周り
を見渡す。
 十字路に設けられた鏡のうちのひとつから、怪物の姿がのぞいていた。
 頭部の両側から太い角が二本、天に向かって三日月状の曲線を描いてのびて
いる。円筒状の顔面の前方に巨大な鼻腔がふたつ。そのふたつの穴を、金の鼻
輪がつないでいる。筋骨隆々とした胴体から、菖蒲の葉のごとくとがった毛の
鬱蒼としげる両腕。短い両脚の間から、長いしっぽが生えていた。全身が灰色
に濁った、牛面人身の魔物。                (7/12)

72 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:27 ID:???
「こんな時に!」
 神楽はズボンのポケットからデッキを取り出し、鏡に向けて捧げた。
「変身!」
 彼女の身体を光が包む。
 光のひいた後に現れたのは、紺の鎧に身を包み、大刀を操る戦士。鎌を両手
に持つイタチと鏡の契約を結び、風を起こす者――その名は仮面ライダー・セ
イバー。
 
 かけ声とともに、鏡に飛び込んだ。
「――来たのね」
「!」
 かの怪物の後ろから、大斧を肩にかついだ装甲が現れた。その装甲は全身が
灰色に染められている。頭を二重三重に覆う兜、全身すきまなく装甲に護られ
た灰色の戦士。
 仮面ライダー・ネール――それが、かの戦士の名だった。
「今、用事があって急いでる。あのモンスターが私を呼ぶための囮だったてい
うなら、今日のところはこれでひきとってくれ」
 セイバーは、灰色の戦士に交渉した。
「何を言っているの?」
 ネールが、肩に乗せた斧を揺する。
「用事より、戦いを優先するのが、ライダーへの礼儀ってものよ」
 そう言って、ネールは地面を蹴った。
 大斧が、セイバーの頭上から降ってきた。
 素早く身をかわす。
 先ほどまで背後にあった塀が、こなごなに砕けた。
「……ちっ」
 舌打ちすると、セイバーはデッキから一枚のカードを取り出し、左腕の認証
機に通した。
『ソードヴェント』                     (8/12)

73 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:27 ID:???
 右に、牛頭の怪物。左に、大斧を操る戦士。
 セイバーは、腰を落として身構えた。
 怪物が前に出る。
 間髪入れず、右脚を飛ばした。腹部を強打され、怪物が一歩後ずさる。鋭く
大刀を一振りすると、火花をあげて怪物が吹き飛んだ。
 後ろに、振り上げる斧の気配。
 左脚を支点にしてくるりと身体を半回転させ、振り下ろされる斧を刀で受け
止めた。金属音があがった。刀をとおして、セイバーの小柄な体に斧の重圧が
かかる。
 力任せに振り払った。
 後ろから怪物が抱きついてくる。
 体をひねり、やりすごして怪物の背後に回った。
 セイバーから見て、ネールとその使い魔が一列に並ぶ格好となった。
『アドヴェント』
 素早くカードを引き抜き、認証機に通す。
 旋風があがった。セイバーと鏡の契約を結ぶかまいたちの起こす風である。
 風は、ネールと怪物を巻き込み、10メートルあまりも向こうに運び去った。
 風にあおられ、ネールの視界はふらついた。
 懐に飛び込んだセイバーの刃が飛ぶ。
 割れるようなけたたましい金属音とともに、ネールは弾き飛ばされた。
 大斧が、アスファルトに突き刺さる。
 慌てて伸ばしたネールの腕を、再びセイバーの大刀が襲った。
 うめき声を上げ、ネールが手を引く。
 その体にセイバーが再び大刀を浴びせかけようとしたその時、振り上げた右
腕の下を怪物の手拳が直撃した。よろめいたところに、角を擁した頭が猛然と
タックルを食らわしてくる。
 その衝撃に耐えかね、セイバーの体は宙に舞った。
 これ幸いとばかりにネールは斧を取り戻し、反撃に移る。    (9/12)

74 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:27 ID:???
 落下してくるセイバーの鎧に二度、三度とネールの斧が噛みついた。
 斧を持つ手に、風が襲いかかる。
 しかしその風は牛頭の怪物に押しとめられ、鎌手のイタチはしたたかにその
腹部を殴打された。
 道路に転がったセイバーを、ネールの斧がさらに打ちつける。
 体の各部に、重い衝撃が連続する。
 神楽の胸の中で、何かが弾けた。
「いい加減にしろっ!」
 起き上がりざま、大刀で半円を描く。
 勝ち誇っていた斧が、はねとばされる。
「おおっ!」
 雄叫びをあげ、セイバーはネールに飛びかかった。刀と斧がかち合う。
 獣のような唸り声で、刀を押しつける。
 刀と斧の接点がきしんだ。
 じりじりとネールの身体が圧力を受ける。
 力の均衡が崩れた。
 ネールが道路に膝をつく。
 その下腹部を、セイバーの足蹴りが立て続けに襲う。
「く……」
 ネールが呻く。構わず、蹴り上げた。
 倒れるネールの体を、セイバーが踏みつけた。断続的に力を込める。
 怪物が、主を救うべく紺色の鎧に襲いかかった。
「邪魔だ!」
 刀の一閃が怪物を振り払う。
 返す刀で、動けないネールの体を何度も切りつけた。
 もはや抵抗する気力も失ったらしく、灰色の鎧は肩で息をするのみだ。
 脇腹を蹴り転がした。
 数メートル転がり、ネールは地面にへばりついた。      (10/12) 

75 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:27 ID:???
「終わりだ」
 セイバーは、必殺のカードをデッキから取り出した。
 
 その時。

 棘まみれの棍棒が、認証機を擁するセイバーの左腕を弾いた。
 思わずカードを取り落とす。
 目の前に、漆黒の鎧が立ちはだかっていた。
「デートをすっぽかしてこんな所で油を売っていたのかい、神楽さん」
 仮面ライダー・デューク。
「うるせえ、この!」
 セイバーは叫び、刀を浴びせた。デュークの棍が、これを受け止める。
 その隙に、ネールはよろよろと立ち上がり、路地の向こうに走り去っていった。
 一合、二合と武器同士がぶつかり合う。
 刀が、棍を圧していた。
「……むっ」
 見くびっていたようだ。大山は心中密かに思った。
 降りかかる刀の波を払いのけ、デュークは身を翻した。
 塀に沿って遠ざかる。
「待て!」
 セイバーはこれを追いかけた。
 しかしその時、ミラーワールドにおける活動時間が限界を迎えた。
 紺色の鎧が、音をたてて分解し始めたのだ。
 だが、セイバーは全く頓着しなかった。
 目の前の敵を、倒す。
 それだけが、神楽の心を支配していた。           (11/12)

76 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:27 ID:???
「おい!」
 低い声とともに、後ろから羽交い絞めにされた。
「!」
 セイバーが首をひねって振り向くと、そこには白銀の兜があった。
 白銀の鎧を身につけ、腰の鞘にはレイピアをさす。コウモリの化身たる黒い
マントを翻し駆ける白銀の騎士、仮面ライダー・カミユ。
「……榊?」
「融けてる」 
 カミユはそれだけ呟くと、セイバーの手をぐいと引き、ミラーワールドから
の離脱を促した。しぶしぶながら、セイバーはこれに従った。

「どうしてだ?」
 静かな喫茶店の中、コーヒーを口に運びながら、榊は問うた。 
「……」
 神楽は、窓の外を見た。自分が乗ってきた自転車が、折しもちらついてきた
白い雪にさらされている。オレンジの街灯が降り来る雪に反射し、自転車のサ
ドルを照らした。
「あいつは……先生の、仇だ」
 神楽はケーキに噛みついた。口の中でスポンジが崩れる。乾いた口内にコー
ヒーを注ぎこみ、舌で唇をぬぐった。
「……」
 榊は黙っている。
「あいつは、許せねえ。ライダーの戦いとか、そんなことはどうでもいいけど、
あいつだけは、許せねえ……」
 言葉が思い浮かばない。神楽は、呪文のように『許せない』を繰り返した。(12/12)

77 :◆5KxPTaKino :2003/07/19(土) 00:28 ID:???
【次回予告】
士郎「槙原か……余計なことをする」

美浜「……後藤君……?」

戦わなければ生き残れない

78 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 09:11 ID:???
◆5KxPTaKinoさん、乙です!
【それぞれの冬】第8回  聖夜の死闘  読ませていただきました。

 マメに瀧野の見舞いに来る、ある意味教師の鑑だったり、家族にとっては良き夫・良き父
でありながら大山を扇動し冷酷な殺人ゲームに駆り立てる木村。はたして、その真意は?
 前回も出てきた「ツリーの星」ネタを今回も入れたのも効果的ですた。黒澤も死に至る戦
闘の少し前にこの星に色々想いを馳せていたを思い出して(T_T)アウアウ

 そして、黒澤の死を知り怒りに燃える神楽、カコイイ!
 >「せん……せ」
 この台詞にこめられた万感の想いが泣かせる。
 よぉし神楽、大山を八つ裂きにしてやれ〜、と感情移入しまくりでした。

 今回は残念ながら、仇討ちならず!ネールはもしや暦?
 次回はついにちよ参戦?
 続きが待ち遠しいッス!

 ちなみに、実は私も自作の続きが完成してます。今夜か明日にでもアプいたします。
 では♪

79 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:40 ID:???
それでは、参ります。

80 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:43 ID:???
仮面ライダー神楽 第十話

<壱>

「いらっしゃいませっ! 二名様ですか?」

 ランチタイムで混み合う店内に張りのある声が響く。
 神楽である。――ここ花鶏で下宿人兼バイト店員として暮らし始めて、一週間が経過していた。
 
「お待たせしました! Aランチ、パスタのセットです!」

 制服なぞ無い店なので、普段着であるTシャツにジーンズ、その上からエプロンをつけただけの
地味な格好だ。なのに不思議とそのいでたちには華があった。

「こちら、お下げしてもよろしいでしょうか? 失礼します!」

 トレーにカップや皿を乗せて運ぶ仕草にも、何ら危なっかしいところは無い。まるで十年来のベ
テランの如く。難を言えば、動作に女性的な繊細さを欠くきらいがあるのだが、それを補って余り
ある艶やかさがこの娘はあった。

「本当っ、神楽ちゃんて使えるわ〜。まるで喫茶店のウェイトレスになるために生まれてきたよう
なコよぉ♪」 

 厨房から様子を窺っていた沙奈子が、かおりに囁きかける。えらくご機嫌の様子だ。

「単に慣れてるだけだって。ウチの学校の水泳部って、文化祭の出し物ずっとサ店だし。普段のバ
イトでもそれ関係やってたらしいから」 

 サンドイッチを切りながら、気の無い返事のかおり。

「榊ちゃんに続いて、二人目の看板娘誕生ね。これで売り上げも倍増、この店の将来も安泰だわ」
「もぅ、商売っ気なんて元から無いくせに。あとねぇ、榊さんとあいつを同列にしないでよ。榊さ
んは別格なんだから」

 そう憤るかおりの視線の先には、彼女が崇める『女神』がいた。――榊である。
 腰まである黒髪は、仕事中は首の後ろで縛っている。
 こちらも春向けのセーターに綿のパンツ、エプロンのシンプルな姿。だが、美しかった。それで
十分に。完成品には余分な飾りは不要なのだろう。
 その動きは流れるようで、全く無駄というものが無い。あえて言えば愛想も無いのだが、逆にそ
れはこの娘の美をいっそう際立たせるスパイスとなっていた。

81 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:45 ID:???
「Bランチ・・・ミックスサンドのセット・・・」 「はい、あ、ありがとうございま〜す!」

 給仕を受けた女性客がうわずった声を上げた。その頬は紅潮し、目が潤んでいる。榊に魅了され
ているのは一目瞭然だった。
 見回せば店内には、この長身の娘の立ち振る舞いにウットリとしている客がそこかしこにいた。
多くは若い女性だ。一方、神楽に熱い視線を送っているのは、ほとんどが男性客だった。

 静と動。陰と陽。氷と炎。その醸し出す雰囲気は対極にありながら、どちらも非凡な魅力を持つ
二人の娘。見る者、居合わせる者を虜にするその力。

「ま、どっちも客商売向けってのは確かね。あ〜雇って良かった! あたしの勘に、間違いは無か
ったわ〜♪」 「はいはい・・・・・・」

 ますますテンションのあがる沙奈子に、かおりは適当な相槌で応えた。
 ただでさえ多忙なランチタイムに神経をすり減らしているのに、これ以上無意味な消耗をするの
は御免というものだ。

(榊さん・・・・・・神楽・・・・・・)

 かおりは、ふと手を休め、店内で仕事に励む二人を見つめた。
 その顔に浮かぶ憂いの理由を知るものは、本人以外、誰もいなかった。
 

 やがてランチタイムも終了し、店内に静寂が訪れる。
 沙奈子がいつものように店番として残り、娘ら三人は先に住居のダイニングキッチンで昼食を取
る。「年寄は後でいい、若いモンの方がハラ減るだろうから」との沙奈子の気遣いによる習慣だっ
た。

 調理担当はかおり。ランチ食材の余りを巧みに使って作った、いわば『賄い飯』はなかなかの出
来栄えだった。それを、ものの数分で――ご飯お代わりまでして――平らげ、神楽は食卓の席を立
った。

82 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:46 ID:???
「あー食った、食った。ごちそうさん!」
「もっとゆっくり食べなよ。体に悪いって」
「へっ、これぐらいで悪くなるヤワな体じゃねーって。さてと、そろそろ本業に戻るとするか。取
材のほう、ピッチあげねーと」
「取材って、謎の占い師のだっけ? 」
「ああ。以前そいつがいたって場所を虱潰しにあたってるんだけど、空振りばかりでさ」
「ねぇ、わざわざ仕事抜け出してお店に来てくれたのは嬉しいけどさぁ、無理はしなくていいんだ
よ? お手伝いは暇な時だけで」
「わかってるって。そんじゃ、いってきまーす!」

 神楽は威勢良く飛び出していった。

「もう、変なとこだけ律儀なんだから。うふふ」

 かおりは神楽の背を見送りつつ、優しく笑った。
 この娘の住み込みが決まった時感じた苛立ち――榊との二人っきりの時間が少なくなることへの
――は、どこへやら。今では、肩肘張らずに何でも話せる同居人の存在は、かおりにとってなくて
はならないものになっていた。
  
「・・・ごちそうさま」 「あっ」

 その時、背後から最愛のひとの声。あわてて振り返ると、神楽の半分の量を十倍の時間をかけて
食べ終えた榊が席を立つところだった。

「い、いいえ、お粗末様でした! あ、あの、榊さん・・・・・・」 「・・・」

 何事かを言いかけたかおりだったが、榊は無反応で自室へと去っていってしまった。

「ふぅ」と、ため息ひとつ。かおりは椅子に腰を下ろした。また先ほど厨房で見せていた憂いがそ
のおもてに蘇っている。

(・・・・・・大丈夫よ。その時が来ても、榊さんなら、きっと。ああ、でも神楽の方が・・・・・・ううん、
信じるのよ榊さんを。大丈夫、きっと大丈夫)
 
 無意識のうちに胸の前で手を組み、かおりは祈るようにつぶやいた。

「何を悩む? かおり・・・・・・」 「え!?」

 ――唐突に、当てもないつぶやきに、応える声があった。
 振り向けばそこに、陽炎のように立つ愛しき兄の姿があった。

「お、お兄ちゃん!」

83 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:47 ID:???
<弐>

「あーー、ダメだ。埒が明かねーぜ、ったく!」

 花鶏を出てニ時間ほど後、都内某区の大きな公園。その中にあるオープンカフェで、神楽は吐き
捨てるように言った。テーブルの上には、アイスコーヒー。いや、すでに飲み干されて、茶色がか
った氷しか残っていない。神楽はその塊を口内に流し込むや、バリバリと噛み砕いた。さんざん走
り回って暑いからなのか、あるいは、苛立ちを鎮めるためか?

「あー、暑い。あー、ムカつく。すいませーん、アイスコーヒーもう一杯!」

 その両方だったようだ。大声でウェイターに注文を告げると、神楽は腕を組んで考え込み始めた。
視線を、少し離れたところにある噴水付近に泳がせながら。

(謎の占い師、百発百中当たる・・・・・・か。読者からのメールに書かれた情報が、どれも曖昧すぎん
だよなー。百発百中って、そんじゃーお前、百回占ってもらったのかって・・・・・・まぁ、それはいい
として、肝心の占い師本人に関することが『二十代前半のイケメン。背が高い』ってぐらいしかわ
かってないのが厄介だぜ。だいたいイケメンって言葉自体、好きじゃねーんだよ、私は)

「お待たせしました」「ああ、どもっ」

 運ばれてきたアイスコーヒーをさっそくすすり始めながら、神楽は手帳を取り出した。ここを含
めていくつかの公園や広場、露天商の出る通りの名が列挙されている。その全てに大きな×マーク
が書き込まれていた。――いや、全てではない。この公園名のみを抜かしてだ。

(そいつに会ったっていう場所はほとんど当たったけど、全滅だ。この公園にいなきゃ、今日も手
がかり無しってことになるな。もう少し休んだら、一回りして・・・・・・ん、あれは?)

 その時、神楽の目がある一点で留まった。
 植え込みを背に、赤いジャケットの男が座っている。指が、コインをはじき上げた。三枚。対面
にしゃがみこんだ女が、くいいるように見つめている。
 やがて、前に広げた布の上に落ちたコインを眺めながら、男が何事かを女に告げ始めた。

(若い男。やってるのは占い? よし、確かめてみるか。ちょいと話の内容を聞かせてもらうぜ)

 彼らのいる場所へは、かなり距離がある。普通の話し声など、聞きとれるわけがない。
 だが、神楽は仮面ライダーである。生身の時でも、若干は契約モンスターから『力』の供給を受
ける事ができるのだ
 目を閉じ、耳に意識を集中させる。
 すると、二人の会話があたかも間近にいるように聞こえてきた

84 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:49 ID:???
――破滅。
――はい?
――あんたの人生に破滅が訪れる。短くて半年。
――ちょっと、そんな!
――長くて一年。

(やっぱり占いか。しかし、えらく失礼な事言うもんだな)

――そんな!・・・・・・でも、占いなんて信じなければ、
――いや、俺の占いは当たる。

(破滅するってことに、太鼓判押されてもなぁ)

――だが、運命は変わらないわけではない。むしろ変えるべきものだ。今、背負い込んでるものに
決着をつけるのは、あんただ。
――変えるべき運命・・・・・・あたしが、自分で決着をつけて・・・・・・

 女は立ち去ったようで、そこで会話は終わった。神楽も超感覚の使用を止める。

(へぇ、うまいこと言うじゃねーか。運命は変えるべきもの、か)

 不思議と感銘を受けていた。神楽は当初の目的も忘れ、男の言葉を脳内で反芻し始めた。今、自
らが置かれた立場に思いをはせながら。

(私の運命はどうだ? 巻き込まれてライダーになって、いきあたりばったり戦ってきた。ここか
ら先、どうなる? 戦いを終わらせ、人が食われないようにする方法は見つかるのか? それより
先に、誰かに敗れて死ぬのか・・・・・・けっ、冗談じゃねー。死んでたまるかって! モンスターだろ
うが、ライダーだろうが、挑んでくる奴ぁ皆、やっつけてやる! 負けねーぞ、緑のドンパチ野郎
にも、ガイの怒りん坊にも、龍騎にも・・・・・・くっ、龍騎か。 勝てるのかよ、あいつに。・・・・・・こ
らこら。一回もやりあってねぇのに、何を怖気づいてんだ、私。 でも、何か変なんだよな、あい
つは。まるで・・・・・・)

 しばし、ここが何処か、今何をしていたかも忘れて、神楽は無防備で考え事に耽った。
 ――そこへ、唐突な掛け声。

「ずいぶん深刻な荷物を背負っている顔だな」
「・・・・・・ん」

85 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:51 ID:???
 目を開ければそこに、先ほどまで彼方で占いをしていた男の顔があった。対面の席に座っている
のだ。

「うわぁ! お、お、お前は! なんで、いつの間に」
「ふふ。 ああ、コーヒーを。カフェイン抜きで」
 
 男は問いには答えず、やってきたウェイターに注文を告げた。
 そして、じっと神楽の顔を覗き込んだ。

「ふむ・・・・・・」
「な、何だよ!」

 年のころは24,5だろう。やや尻上がりの真っ直ぐな眉が印象的だ。
 確かに二枚目だったが、今の神楽にはその外見は何の感慨も与えなかった。断りもなしに自分の
『間合い』に侵入されたこと、そしてそれに自分が気づかなかったことがひたすら腹立たしく、か
つ、恥ずかしかった。

「色々考えてはいるようだが、お前は根っからの勝負好きだ。このままいけば・・・・・・」
「やめろ! 失礼な奴だな、勝手に人を占いやがって。何のつもりだ、ええ? もしかして、ナン
パかぁ? だったら消えな、おかど違いだぜ!」

 顔を赤らめ、手の平まで振って、追い払おうとしている。この男が捜し求めていた取材対象であ
るかもしれないことなど、忘れてしまったようだ。

 だが、男はそんなことなど、どこ吹く風。運ばれてきたコーヒーを一口すすると、言葉を続けた。
 
「ははは、ナンパだと? 雌虎と知りつつ口説く度胸は、俺には無いな」
「な、何ぃ! お前、まさか・・・・・・」
「この間、占いで重要な人間に会うと出た。そしてお前も、俺を探していた・・・・・・違うか?」

 驚愕する神楽を前に、男はポケットから目の覚めるような紅色の四角いものを取り出した。

86 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:53 ID:???
<参>

 ――私立・明林大学。
 都内某区に位置し、多くの学部を擁しているマンモス校。
 長い歴史を持ち、生徒には良家の子女も多い。だだし、合格に必要な偏差値は、学部によってピ
ンキリである。
 その広大なキャンパスをぬう通路は、お祭り騒ぎともいえる新入生勧誘の時期も終わり、すでに
普段の落ち着きを取り戻していた。
 桜木からすっかり散り落ちた花びらが、行き交う学生たちに踏みしめられて、汚れた桃色とでも
いうべき微妙な色合いに路面を染めている。

 その道を、他の学生たちに混じって、ちょっとだけ違うペースで歩いている娘がいた。
 足早に進み行く皆の中を、ひとりだけゆっくりと。まるで、彼女だけ違う時間の流れにいるかの
ように。
 卯月の風が、セミロングの黒髪を優しく揺らす。やや垂れ気味の大きな目の中の、これまた大き
な黒い瞳が木漏れ日に映える。
 彼女の名は、春日歩(あゆむ)。ここの家政学部児童学科二年に進級したばかりであった。

「あー、アユだ! きゃははは。アユ、アユ、やっほー」

 背後から声をかけられ、それまで顔に浮かんでいた笑みが少しだけ曇った。某人気歌手と同じと
いう、ある意味名誉ある愛称だったが、その名で呼ぶ知り合いにロクな奴はいないからだ。昔から、
その歌手がブレイクする、ずっと昔から。
 それでも無視するわけにもいかず、歩は一拍置いてから振り向いた。

「やっぱアユじゃーん」「アユちーん、ども♪」「元気してたー、アユぅ?」

 派手めの格好をした娘たちの一団が、おのおの声をかけながら歩を取り囲んだ。

「あ〜、明美ちゃんたちか。お揃いで、どないしたーん?」
「ちょとっねー。 そだ、これからさー面白れぇとこいくんだけど、あんたも来ればー?」
「・・・・・・へーちょ」
「はぁ?」

 リアクションに詰まる一同を尻目に、歩はトートバックからポケットティッシュを取り出し、も
たもたとした手つきで紙を取り出すと鼻を押さえた。

「ごめん。今年は花粉が長びいて・・・・・・へーちょ、へーちょ」
「か、花粉症? じゃあ、今のってぇ、くしゃみぃ?」「くしゃみだって、おい!」

 ――ぎゃははははっはははっは
 娘らは、とても上品とは言えないような声をあげて笑い転げた。

87 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:54 ID:???
「ひぃひぃ、腹が痛ぇー。やっぱアユってサイコー」
「・・・・・・そやから、悪いけどパスや。ほならー・・・・・・へーちょ」

 まだ笑い続けている連中を残し、歩は正門の方角に向かった。また先ほどのペースで、ゆっくり
ゆっくりと。
 一方、明美らはやっと笑いが治まると、歩の背を見送りながら一転して罵倒を始めた。

「ヒィーヒィー・・・・・・ホント、期待どおりのボケやってくれるよ」
「話には聞いてたけど、あたし実物初めて見た。何、あいつ? ウケ狙い?」
「天然よ、天然! 本物の天然ボケぇ〜。ちゅーかぁ、むしろ○○ってか。きゃはは」
「でもさぁ、あいつ、男にはけっこうウケいいの。コンパとか連れてくと、けっこうアレじゃん」
「そうそう。ムカつくよねー。明美ぃ、いっぺんシメる?」
「まー、そのうちねー。さって、○○はほっといて、いこーか!」

 言いたい放題悪態をつくと、一行は校舎裏へと去っていった。

 歩は目も良いが、耳も良かった。今のがみんな聞こえていた。
 だけど、腹は立たない。笑みが少し曇るだけ。
 反論したり、ましてや報復したりしようなんて思わない。争いごとは好きじゃないし、第一、わ
からない奴には何をどうしたって無駄だと悟っている。幼い頃から、何度も経験してきたから。 
 その手合いには、近寄らず、遠ざかればいい。ただ、それだけのこと。
 いつも笑顔でいるのは、そんな腹の底を見せないため。
 ――微笑の仮面。
 それは、何かと誤解されやすい彼女が、知らぬうちに身に着けた世渡りのアイテムだった。

 ――だが。

「おーい、大阪ぁ〜」
「あー、智ちゃーん♪」

 元気な声が、先ほどとは別の愛称で歩を呼んだ。
 そちらへ振り向き手をふる彼女の顔は、『仮面』ではなく心の底からの笑顔だった。

88 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/19(土) 23:57 ID:???
 飛び跳ねるようにしてやってきたのは、小柄な娘。男の子みたいなショートカットの黒髪。くり
くりっとした可愛い目。
 その名は滝野智(とも)。家政学部生活学科二年。歩とは、高校時代からの――約三年間、ずっ
と同じクラスだった――友人である。
 二人はしばし、手をとりあってぴょんぴょん跳ねて再会を祝った。

「智ちゃーん、久しぶりやー。最近はあんまり遊んでくれへんしー。なんや、冷たいでー」
「悪い、悪い! なにかと忙しくってさー。よぉし、明日あたり、飲みに行こーぜ! もちろん、
よみも誘って」

 よみ、こと水原暦(こよみ)は、滝野智の幼馴染だ。小中高とずっと同じクラスだったという奇
跡のような間柄。今は別の大学に通っている。歩とも仲良しだ。

「ええなー、楽しみや」
「って、それはそーと大阪。さっき、明美らに絡まれてなかったか!」
「別にー。いつものパターンや」
「バカにされたんだな。おのれっ、確かに大阪はバカだけど、あいつら許さーん! よし、私が追
いかけてやっつけてきてやるー」
「・・・・・・智ちゃん、フォローになっとらんて。それに無理やー、智ちゃんケンカめちゃ弱いやんか。
相手は四人やで。神楽ちゃんでも連れてこんと」
「そーだっ!あの体力バカがいれば・・・・・・でも、あいつ勝手に携帯の番号変えちまってて、ずっと
連絡とれねーんだよなー。あっちからもかけて来ないし。やだなー、なんか」
「そういえば、榊ちゃんも、ちよちゃんも音沙汰なしやな。どないなっとるんやろか。心配や」
「そうそう。でもまぁ、そっちの二人なら大丈夫って感じするな。頭いいし、しっかりしてるし。
問題はやっぱり神楽だ。体力バカで勝負バカときてるからなー。私らがついていないと、暴走しま
くってえらいことになってるかも」

 正門を出て大学前の通りを並んで歩きつつ、会話は続いた。
 その内容から推測できるように、神楽もまた二人の高校時代の友人なのだ。
 飛び級で入学してきた天才少女・美浜ちよを中心にできた、榊・暦・智・歩、そして神楽、の仲
良しグループ。多感な時期の美しい思い出を共有する仲間たち。
 ちなみにかおりは、やや心理的距離があり、このメンバーには微妙に含まれない。

「ろくにんが もういちどそろったとき ほんとうのはじまり」 「えっ?」

 唐突に歩はつぶやいた。一転して、おごそかな声で。歩のペースには慣れているはずの智ですら
虚を突かれたのか、リアクションに詰まってしまう。

89 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:00 ID:???
「お、大阪?」 「ほんま、久しぶりや。楽しみやで」
「え?な、何がだよ」 「もう、智ちゃん。明日の飲み会に決まっとるやんか」
「あ、あ、の、飲み会な。うん、うん、楽しみだー」 「楽しみやー」

 しかし、次の瞬間にはもう普段の――多少、変でもあくまで普段の――歩に戻っていた。智も追
及はしなかった。深く考えるのは苦手な娘なのだ。

「ほんで、時間は〜? 場所は〜?」
「うーん、待て。それはよみの都合を聞いてからだ。後で電話するから。でもでも、場所はもう決
めてるぞー。この前、偶然に超笑える飲み屋をさー」
 
 ――ほぁん ほぁん

 その時、遠慮ぎみなクラクションの音が二人の会話を遮った。
「あーっ♪」と、智が小さく叫ぶ。嬉しくてたまらない、そんな声色で。
 音のしたの方を見やれば、十数メートル離れた先に軽自動車が止まっていた。運転席の人物がこ
ちらに手を振っている。照れがあるのか、仕草がぎこちない。
 智は満面の笑顔で、手を振り返した。ぴょんぴょん跳ねて、全身で喜びを表現しつつ。

「ごめん、大阪。迎えが来ちゃった♪ んじゃ、また」
「ほなら、またー」

 車に駆け寄ってゆく智の背を見送りつつ、歩は柔らかな笑顔でつぶやく。

「うまくいくとええな〜、あの二人。お似合いやでー」

 そのまま車が走り去るまで見届ける。そして、踵を返し反対方向へ歩き始めた。手にはトートバ
ックから取り出した手帳があった。

「さてとー、私も頑張らな。ええと、今日のお勤めはどこやったかー?」

 手帳のカレンダーには、日ごとに違う名称が丸っこい文字で書き込まれている。
 それは公園や広場、露天商の出る通りの名――神楽の手帳に書かれているものとほぼ共通の――
だった。

90 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:05 ID:???
<四>

「ふぅ。それにしても、今日は暑いな。四月とは思えない」

 場面は再び、公園内のカフェ。
 男は先ほど取り出した四角いものを広げて、額の汗をぬぐった。

「おい! ハンカチかよ。はぁぁ、驚かせやがって。私はてっきり」
「デッキかと思った、か?」
「くっ! お前ぇ、いったい何者なんだ? ライダーなのか!」

 もったいぶった口調に神楽は苛立ち、身を乗り出し掴みかからんばかりの姿勢になる。

「・・・・・・いや、違う。しかし、この件に深く関わってしまった者だ」 
「ふん、違うだと? 怪しいもんだな。じゃあ、関わりってどんなのだよ?」

 男の顔から笑みが消えた。眉がやや吊りあがり、眉間にシワが刻まれる。鈍い神楽にも、彼に何
か辛い過去があるのだと察することができた。
 椅子に座りなおし、まっすぐその目を見る。
 男はそんな神楽の真摯な視線をしばし受け止めた後、静かに言った。

「・・・・・・友を殺されたのだ。神崎士郎に」 「何ぃ! な、なんでっ!」
「ライダーになれという再三の誘いを、ことわったからだ」
「そ、それだけの理由で人の命を!? くそっ、あの野郎、そんな外道だったのか」
「奴は人の心の弱さにつけ込むのが巧みだ。友は不慮の事故で将来の夢を絶たれ、絶望の淵にいた。
そこを狙われたのだ。だが彼は悩みに悩んだ挙句にそれを拒んだ。魔性の力に頼り、しかも他人を
殺めてまで夢を叶えるのは、人として間違っていると。・・・・・・そして、殺された」

 そこまで言い終えると、男は目を閉じた。テーブルに置かれた両の拳は硬く握り締められ、眉間
のシワはいっそう深くなっている。未だ癒えぬ心の傷、その痛みに必死に耐えているかのように。
 神楽もかける言葉が見つからず、しばし傍観するしかなかった。
 ややあって、そよ風がひと吹き。時期はずれの陽気の中にわずかな涼を与える。男は長い吐息と
共にゆっくり目を開けた。

「・・・・・・失礼した。こんなに感情的になるつもりはなかったのだが」
「悪かったよ、言いづらい事言わせちまって。あんたの事情はよくわかった。それで?」
「単刀直入に言おう。力を貸してくれないか? ライダー同士の殺し合いを止めたい。亡き友の考
えが正しいことを証明する為に。そして俺のように、巻き込まれて悲しい思いをする者を増やさな
い為にも。それには、ライダーであるお前の協力が必要なのだ」
「あんた・・・・・・おっと、まだ名前も聞いてなかったな」
「ああ、すまん。手塚海之(みゆき)だ。よろしくな」
「こちらこそ。えっと、手塚さん」
「ふふ。手塚、でかまわんが」
「年上を呼び捨てにする習慣はないんでね。ま、クソ野郎は例外だけど。でさ、手塚さん、あんた
の申し出だけど・・・・・・オッケーだぜ! お互い協力し合おうじゃねーか!」

91 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:08 ID:???
 神楽は笑顔で応えた。手塚の表情からも険が消えて、穏やかな笑みが戻る。

「そうか! ・・・・・・ありがとう。助かる」
「いいってことよ。実はさ、私もライダー同士が戦う意味がいまひとつピンとこねーままだったん
だ。そりゃ、なんでも望みが叶うってのは美味しいけど、12人も人殺してまでなぁ。身内で争う
より、もっとモンスターとの戦いに精を出せよって。だって、ライダー全員が手を組んで退治に当
たれば、きっと早いうちにあいつらを全滅できる・・・・・・って、そうだ、そうだよ。これだ!」

 神楽は、思わず拳を握り締めて立ち上がった。モンスターを滅ぼし、これ以上人が喰われないよ
うにする方法。悩んでいたことへの一応の答えが、今、偶然見つかったのだ。
 戸惑う手塚の手を取り、神楽は興奮気味で言った。

「いやー、こっちこそ大感謝だぜ! やるべきことが、やっと見えた! あはは」
「そ、そうか。よかったな」
「へっへっへっ。なんか、今日はラッキーだな。朝のテレビの星占いなら、『虎座の貴女、今日の
運勢はゼッコーチョー!』ってとこか? おっと、ねーってんだよ、虎座なんて。あはははは」
「あは、ははは・・・・・・」
「ん、そう言えばあんた、なんで私がライダーだと知ってたんだ?」

 もっと早く出ていい質問が、やっと神楽の口から発せられた。

「言っただろ? 占いでそうと出たと」
「ハァ? う、占いって、おい」
「俺の占いは当たる」

 根拠が占いと聞いてやや鼻白む神楽に、手塚は断言した。

「マジで当たるのか?」
「ああ。俺の占いでは、こうも出ている。このまま神崎士郎の目論見どおりライダー同士が戦い続
ければ、全員が死ぬ。誰も望みを叶えることなく。神崎本人ですら、と」
「何だって? そ、そんなことまで。おいおい、いくらなんでも」
「いや、俺の占いは当たる。当たってしまうんだ」

 再び手塚は言い切った。その言葉から感じ取れた揺ぎ無い自信、そして等量の悲しみ。神楽は手
塚の断言を信じる気持ちになった。悲哀の匂いゆえに。

「・・・・・・じゃあ、さっき占ってた女も結局、破滅か」
「聞いていたのか。ああ、その確立は高い。だが、あの女の努力次第で、助かる道はきっと見つか
る。言ったはずだ。運命は変わらないわけではない、むしろ変えるべきものだと。そう思うからこ
そ、俺は辻占いを続けているんだ」
「ふーん、人助けってわけか。あんたやっぱり、いい奴なんだな」
「いや」
「あ、そうだ。私が探していた『謎の占い師』ってのも、もしかしてあんたか?」
「おいおい。最初にそう言っただろ?『お前も俺を探していた』と」
「いやー、そんな昔の事は忘れちまったよ。へへへ」
「はは、ははは」

 ややひきつった苦笑いの後、手塚は席をたった。

92 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:14 ID:???
「じゃあ、今日のところはこれで。・・・・・・無茶な頼みを聞いてくれて、ありがとう」
「いや、こちらこそ。色々と情報もらったしな。ああ、なんかあったらここに連絡くれよ」
「うむ、そうさせてもらうよ」

 手塚は渡された名刺を財布に入れ、代わりに小銭を取り出した。

「俺のコーヒー代だ。今日のお礼にそちらの分も奢ってもいいぐらいだが、記者であるお前には、
もっと相応しいものが良かろう。もう少し、ここにいるといい。辺りを警戒してな。おっと、ライダー
であるお前には余計な忠告だったか。ふふ」
「警戒って、モンスターでも出るってのか・・・・・・ああ、行っちまいやがった。悪い奴じゃねーんだ
が、少し自分に酔ってるとこがあるよなー。ま、いいか。どれどれ」

 神楽は座る位置を変え、カフェのエリア全てが視界に入るようにした。この陽気のせいもあって、
冷たい飲み物を求める客で席はほぼ満杯だった。

 ふと、神楽の視線が一組の客のところで止まった。大学生風の男二人だ。偶然にではない。ライ
ダーの、いや、この娘の本能が何かを感じ取ったのだ。あわててバッグからデジカメを取り出す。
突然、彼らは立ち上がった。目の輝きが尋常ではない。

「おおおお、オレが最強だぁぁぁっ!」「ざけんなよぉぉ、オレこそ頂点だぁぁ!」

 意味不明の絶叫を上げると、男たちは傍らに置いてあったゴルフバッグから何かを取り出した。
刀だ。いや、両刃の直刀だから剣といったほうが正確だろう。刃渡りは約70センチ。
 ――そして。
 何の躊躇もなく、二人は斬り合いを始めたのだ。衆人環視の中で。
 だが、居合わせた客も店員も、ただ呆然と見守るだけだった。とっさに現実として認識できなか
ったのだ。単なるケンカならともかく、映画のような剣戟が白昼のカフェで始まったという事実を。
 そんな人々の中で、ひとりだけ違う感慨で彼らを見ている者がいた。時折、デジカメのシャッ
ターを切りながら。もちろん、神楽である。

(あーあ、眠てぇバトルだ。なんだ、あのへっぴり腰は? ほら、今、手首を切り落とすチャンス
だったのに、なにボケっとしてんだ! 剣が派手にぶつかりあうだけで、一撃もヒットしねぇじゃ
んか。まぁ、確かにスクープにはなるけどな。ありがたく頂戴するぜ、手塚さん。・・・・・・ふぁぁ。
やべ、マジで眠くなってきた。そろそろシメるか。ど〜れ!)
 
 ――ぱんっ! ぱんっ!

 無造作に歩み寄って、ビンタ一発づつ! それだけで、もろくも男たちは剣を取り落とし、床に
倒れ伏した。「ひゃんっ」とか「ひぃっ」とか、小娘のような悲鳴とともに。

「なに情けねぇ声出してんだ・・・・・・。おっと、こいつは預からせてもらうぜ」

 剣を拾い上げ、男たちを見下ろした。――凄みのある笑顔で。彼らは、先ほどまでの威勢はどこ
へやら。打たれた頬に手を添え、なぜか横座りになって、怯えた目をこちらに向けている。神楽は
手近の椅子を引き寄せると、そこにドカッと腰を下ろした。

「さてと。それじゃ始めさせてもらうぜ、取材をな。まず、名前から聞こうか・・・・・・」

 神楽の指が、常備しているICレコーダーのスイッチを入れた。

93 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:19 ID:???
<五>

 ――MATRIX
 ドアにはそう書かれたプレートが掛けられていた。ここは、明林大学工学部の一角。
 外は初夏を思わせるほどの陽気なのに、その部屋の窓には全てカーテンがひかれ、蛍光灯の青
白い光が室内を照らしていた。空調は、寒いほどに効いている。
 中央に、円形に並べられた机が十三個。上にはパソコンが一台づつ乗っていて――三つの空席を
抜かせば――全ての席にはそれぞれ主が座っていた。
 机の配置から推察するに、『円卓』を模しているのかもしれない。だが本物のそれなら席はその
外周に置かれ、各自は向き合って堂々と語り合うものであろうに、ここの席は全て内側にあり、
各々は背を向けて座っているのだ。

「おお、来るのか?」「こっちもだ」「馬鹿めが。ふっ」「けけけ、俺の正体も知らずに」

 モニターには全て同じようなCGが映し出されていた。どこか町の路上だったり、あるいは何か
の施設の中であった。そこそこリアルな風景をバックに、そこそこリアルな人物が行き来している。
まるで、ロールプレイングゲームの一場面の如くだ。突如BGMが剣呑なものに切り替わり戦闘場
面になるのも、その手のゲームそのものだ。

「残念だったな。死ね」「むだむだむだぁ、ほら死んだ」「勝てると思ってたのか、こいつ」

 彼らの口から発せられている台詞は、独り言だけではない。モニターを食い入るように見つめた
ままでも、仲間同士の会話が成立しているのだ。

「無駄なんだよ」「そうだよな、俺たちはただの戦士じゃない」「そうそう、十三神将だもんね」
「十年早いって、挑むのはYO!」「くくく・・・・・・そういやぁ、スワニーは今日はどうしたんだ」
「休みじゃねーの、風邪とかで」「キャンサーとバイパーもいねーな」「まあ、いいけどね。休め
ば弱くなるだけだし」「むしろラッキーじゃーん。お、またどっかの馬鹿が挑んできた♪」「順調
じゃんか、ドラグーンたん」「いーえ、バットたんほどでは」
「あーあ、それにしても喉渇いたな。・・・・・・おい、芝浦ぁ!」

 絵空事の世界の住人のような会話の最後に、突如リアリティのある台詞が発せられた。
 部屋の片隅の椅子に座っていた青年が、ビクッと震えて立ち上がる。

「はい、なんでしょうか?」
「なんでしょうかぁ、だとぉ? 気が効かねーな。ドリンク買ってこいっての」

 先ほど、バットと呼ばれた男は青年の方を向きもせず、モニターを睨みつけたまま言葉を荒げた。

「す、すみません! すぐに」
「思い上がるなよ。確かにこのゲーム、基本設計はお前がしたけど、俺たちのアイデアがなかった
ら完成しなかっただろ、おい!」
「はい。その通りです」
「だったらドリンクとポテチ、即攻で買って来い。もち、お前の奢りでな」
「はい、当然です!」
「俺、バヤリースオレンジとじゃがりこ」「ペプシとカルビーの塩味」「サスケとライダースナッ
ク」「Dr.ペッパーとキャラメルコーン」「俺はミリンダメロンと・・・・・・」

94 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:21 ID:???
 ――十数秒後。
 一部マニアックな十人分のオーダーを脳裏に焼きつけ、芝浦と呼ばれた青年がMATRIXのド
アから飛び出してきた。
 全力疾走。ただし、数メートル。廊下の最初の角を回るとこまで。

「ふふっ。ひとの作ったゲームするしか能のない馬鹿が、調子にのってくれちゃって」

 吐き捨てるような侮蔑の言葉。先ほどまでのヘタレぶりはどこへやら。その幼さが残る面立ちも、
今や傲慢一色に染め直されていた。
 ポケットから携帯を出し、誰かと話し始める。

「俺だけど。今から言うものをさぁ、第四棟二階の踊り場に持って来てよ。二十分以内で」

 オーダーを早口で告げると、返事も待たずに切ってしまった。あちらの回答は、YESしか許さ
れない。そんな人間関係を垣間見させて。
 指定の踊り場まで移動すると、壁に背を預け瞑目した。ここで品物の到着を待つのだろう。

「俺たちのアイデアがなかったら、だって。ふふふ、それってネーミングだけじゃん。しかも『十
三神将』とかさ、センスのかけらも無いっての。まったく・・・・・・」

 その時、彼の携帯の着信音が鳴り、ひとり語りを中断させた。

「はい。・・・・・・へぇぇ、そうなんだ。公園のカフェでねぇ。それで、四、五人は巻き添えになった
の? はぁ、素手の女ひとりに秒殺されたぁ? あはは・・・・・・最後まで馬鹿丸出しじゃん、あいつ
らって。ふふふ、ホント、笑わせてくれる。え、後始末? いらねーよ、俺に繋がる証拠なんてあ
りゃしないから。じゃ」

 相手は先ほどとは違う人物のようだ。通話を終えると芝浦は電子手帳、いや携帯端末を取り出し
て何かのソフトを操作し始めた。

「蟹江、三津地は脱落、と。神将ネームはキャンサーとバイパーだったけ。やれやれ、暗示が効き
すぎちゃって暴走したか。推測以上に単細胞だったわけだ。あーあ、せっかく俺が最高に面白い戦
いの場を用意しといたのに。ま、いいか。替わりはあと十匹いるし。足りなくなったら補充すり
ゃーいいし。とりあえず・・・・・・っと、代打で次に例の所へ行くのは、バットこと羽田センパイに決
定〜っ。パシリさせてくれた、ささやかなお礼ってね。ふふっ」

 そこへ・・・・・・二人の男がやってきた。服装は平凡だったが、目つきの鋭さ、身のこなしからして
一般人でないことは明らかだ。その辺のチンピラなど、目も合わせず逃げ出しそうな迫力を全身に
漲らせ、芝浦に歩み寄る。
 そして深々と頭を下げ、手にしたダンボール箱を差し出した。

「お待たせしました、淳ぼっちゃま」 

 箱の中にはオーダーの品が――飲料はキンキンに冷えて――全て揃えられていたのだ。タイムリ
ミットまでに二分余らせて。

95 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:23 ID:???
<六>

 ――暮れなずむ街角。
 某駅近くに露天商が多く店をつらねる通りがあった。
 売り物のジャンルは多岐だった。例えば、食べ物。アクセサリー。100円の古雑誌。音楽カセッ
ト&CD。そして占い。
 それらは猥雑で無秩序な、良く言えば自由で緩やかな雰囲気を町並みに添えていた。

「ざけんなよ」「あとで、ぜってーコロすからな」「死ねよ、ばばぁ!」
「ヤカマシイワッ、ボケェ! トットト、イネヤッ! ドタマカチ割ルデェ〜!!]

 そこへ、突如の罵声。見れば、悪態をつきながら足早に立ち去る女子高生たち――その外見、国
籍不明――目がけ、中指を立てながら叫ぶ白人女がいた。年のころは20代前半。なかなか整った
顔立ちだが、くしゃくしゃの髪とラフすぎる服装がそれを台無しにしている。
 
「おう、じゃぱんハ治安ガ良イト聞イトッタンヤケド。すくーるがーる、チョット目ヲ離スト、ス
グ窃盗シヨル。ぺあれんとノ顔ガ見タイッチューネン! マッタク」

 散らばったアクセサリーを台に戻しながら、女はこぼした。どうやら先ほどの諍いは、万引きの
撃退だったようだ。しばし苦虫を噛み潰したような表情で作業を続けていたが、終えると大きな手
をパンッパンッっと拍手を打つように鳴らし、彼女は穏やかな笑顔に戻った。

「サテト、ガンバッテ商イセナ・・・・・・ムムッ、コイツメ、マタシテモ居眠リシトルワー!!」

 女の視線の先には、隣の出店。
 それは明らかに小型のコタツだった。半畳ほどの敷物の上に置かれ、コタツ布団も入っている。
 台上に立てられた板には、子供が書いたような字で『うらない』とあった。
 でも、肝心の占い師は・・・・・・突っ伏して熟睡していた。

「ごるぁ、起ンカ! ・・・・・・エエィ、シブトイ奴メ。コウナレバ、空手ちょーっぷ!」
「ひゃん! 痛たたたた」

 小さな悲鳴とともに、やっと占い師は目を覚ました。脳天を直撃した手刀の威力でベール付の被
り物が吹っ飛び、素顔が露になっていた。
 セミロングの黒髪。やや垂れ気味の大きな目。これまた大きな黒い瞳。
 占い師――春日歩は、痛む頭をさすりながら、アクセサリー売りを見上げた。

「あうう、酷いなぁ。ジェニーちゃん、乱暴やで」
「ソヤカテ、チョットヤソットジャ起キンヤン、歩ハ。何度言ウタラワカルンヤ、商イハ・・・・・・」
「短く持って、こつこつ当てるー。やな」
「ナンヤ、ワカットルヤンカ。地道ニ努力セントアカンノヤ。ゆー、あんだすたーん?」
「あ、あんだーすたんど。ふー、そやけど今日はえらい暑いなぁ。さすがにコタツは応えるで〜」
「ホンナラ、止レバイイヤンカ。ソモソモ、ナンデ炬燵ナンヤ?」」
「師匠がな、上手に占えるよう、自分がリラックスできる道具を使えーゆうたから。私なー、コタ
ツに入ってると、えらく落ち着いた気持ちになれるんや」

96 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:25 ID:???
「落チ着キ過ギテ、眠ッチマッタラ元モ子モ無イヤンカ!」
 そう言うと、ジェニーは手の甲で歩の平たい胸をポンと叩いた。どうやら、突っ込みのようだ。

「あうう。あとなぁ師匠が、お客さん呼ぶには差別せなあかんてゆうから」
「ごるぁ! 差別ハ、アカーン。ソレヲ言ウナラ差別化ヤロガ!」再び、手の甲が歩にヒット。
「ああ、そーやった」
「マァ確カニ目立ツワナ、路上デ炬燵出シトッタラ」
「これから夏に向けてな、普通のテーブルにするか、布団無しで涼しくしてコタツにこだわるか?
 うーん、悩むところやで。そや、今度師匠に会うたら聞いてみよー」
「フフッ。歩ハ何カッチュート師匠、師匠ヤナ。甘エン坊ヤデ」
「ち、ち、ち、ちやうねん。甘えてなんかおらんよー。私はただ師匠に・・・・・・」

 夕日と並べても遜色ないほど真っ赤になり、小さな手をぶんぶん振って否定する歩。それがたま
らなく愛らしくて、ジェニーはもう少しからかってみたくなったようだ。

「おぅ! マタ師匠言ウタ。甘エン坊ー♪ 歩ハ師匠ニ甘エン坊ー♪」
「ちゃうねん! ちゃうねーん!」

 ――そこへ。
 微笑ましい小競り合いをしていた二人の娘に、歩み寄る人物があった。

「こら。お前がやるのは占いだ。漫才ではない」

 あきれたような声に娘らが振り向くと、そこには赤いジャケットを着た長身の男が立っていた。

「し、師匠!」 「おぅ、ミユキ。噂ヲスレバ、ナントヤラネー」

 男――手塚海之は膝を屈めて目線の高さを揃え、諭すように言った。

「春日。無理をさせているのは承知だが、これはお前のためでもあるんだ。だから・・・・・・」
「そんな、無理なんてー。・・・・・・すいません。もっと、がんばります」
「ガンバットルデ、歩ハ。学業ト占イノ修行ヲ両立サセトンノヤカラ」
「あー、ジェニーちゃ〜ん♪」

 さりげないフォローに、歩は感謝の笑顔を白人娘に向けた。しかし・・・・・・

97 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:27 ID:???
「ソヤカラ、多少ノ居眠リハ見逃シタッテヤ、ミユキ」
「ふぅ・・・・・・春日。また寝てしまっていたのか」
「あ〜! ジェニーちゃん、それは言わん約束やのに〜!」
「おう、まうすガすりっぷシタネ。スマソ、歩」
「あの、し、師匠、ちゃうねん。わ、私、目を閉じて占いについて考えてただけでー」

 手塚は、大きな掌をそっと春日歩の頭に置いて、優しく応えた。

「わかった、わかった。・・・・・・そろそろ日も沈む。今日は、もう上がるといい」
「ううう・・・・・・師匠が私を信用してくれへん」

 やや拗ねたような表情で、歩は出店の片付けを始めた。と、いっても、コタツの脚をたたみ、布
団や敷物をまとめるだけだが。手塚もそれを手伝う。

「・・・・・・ところで、何か夢は見たのか」
「あー、夢。何や、おかしなん見たなー」

 手塚は「ふふ、やっぱり寝ていたじゃないか」と、聞こえないように小声で突っ込みを入れた後、
話の続きを促した。

「おかしな? どんな内容だったんだ?」
「あんなー、鏡の中に龍や虎や牛や犀やらがいて・・・・・・みんな死んどるんや。ほんでな、金の羽根
まとった男が、黒い羽根を握りしめてな、おんおん大泣きしとった。私も・・・・・・あれ、師匠。どな
いしたんやー? 顔がこわい」
「ああ、すまない。ちょっと、考え事をな」
「ひどいなぁ、ひとの話し中に」
「まぁ、そう怒るな。そうだ、お詫びにどこかで夕飯を奢ろう」
「ほんまに? わーい、そしたら善は急げや! はよいこー」
「おいおい、走ると転ぶぞ。ジェニーもどうだ、一緒に?」
「おぅ、ぐれいと! 助カルワ。ココ数日、ぱんト水ダケヤッタカラ」

 十分ほど後、夕闇迫る繁華街を歩く三人の姿があった。
「ヤッパリ甘エン坊ヤー」「そやから、ちゃうねんてゆーてるやん」と、じゃれ合いながら進む娘
二人。それを見守りながら、後についていく手塚。

(春日・・・・・・さっきは驚いたぞ。俺の占いと同じ内容を、夢で見るとは。予定よりも、ずいぶん上
達が早い。これならば、間に合う。運命を変えられる・・・・・・)
 感慨深げにつぶやくと、長身の男はまだ昼の色がやや残る空を見上げた。そこには宵の明星が、
早くも瞬きを開始していた。

98 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:29 ID:???
<七>

「な、なによ。ひとのこと、じっと見て。私の顔になんかついてるの?」
「あ、いや、な、なんでもねぇよ」
「もう。へんなの・・・・・・」

 かおりは頬を赤らめたまま、皿洗いを再会した。
 喫茶店・花鶏。時刻は20時を回ったところ。かおり、榊、そして神楽の三人は、閉店後の後片
付けの最中だった。

(いけねぇな、どうもかおりんを意識しちまう。言っちゃならねーと思うと、余計になぁ)
 
 神楽は床をモップで水拭きしながら、顔をしかめた。
 今日、手塚と会ったことを、まだかおりには話していない。いや、話さないことに決めていた。
 ライダーの件で新情報を得たときは、お互い教え合おう。そんな約束が、かおりとの間でなされ
てはいたのだが。

(手塚さんのことを話せば、あの件だって言わなきゃなんねーもんな。・・・・・・神崎士郎が、お前の
兄貴が人殺しだって。この部分だけ、抜いて話すか? だめだ、私はそーゆーの苦手だからな。ぎ
こちなくなる。ってゆーか、話しているうちにそれを忘れて口走っちまうかもしんねー。やっぱ、
だめだ。内緒にしとこう)

「あ、そうそう。今日は驚いたよねー、まさか白昼の公園でさぁ」
「ええ! な、な、にゃにー?」

 そこへ唐突にかおりの問いかけ。しかも、『白昼の公園』という今日の会談を連想させるキー
ワード入り。神楽は驚きの余り、声が裏返ってしまった。

「もう、決まってるじゃない。例のチャンバラ事件よ!」
「なーんだ、そっちか。ふー」 無難なネタと知り、神楽は安堵のため息をついた。

「ねぇねぇ。私、あんたんとこのニュースメールで事件知ったんだよ。TVの速報より、はるかに
速かった。おまけにサイトの記事も内容濃かったし。凄いのね、あんたの会社」
「へっへっへっ、嬉しい事言ってくれるじゃんか。おほん、実はだな・・・・・・」

 チャンバラ事件というのは、もちろん、あのカフェでの斬り合いのことである。
 今日は他に大きな事件が無かったこともあって、夕方からずっと、どこのメディアもこのネタを
競って取り上げていた。
 しかし、速報性および内容の濃さいずれも、OREジャーナルに勝るところは無かった。無理も
ない。記者自身がその場に居合わせ、デジカメで何枚も決定的な瞬間を撮り、おまけに犯人から直
接事情まで聞いているのだから。
 ちなみにあの後、神楽はパトカーのサイレンが近づいて来るのを察知すると、犯人に当身を入れ
て失神させ、その場を立ち去っている。一刻も早く記事にしたかったし、他の客も一部始終を見て
いるのだから、自分が事情聴取を受ける必要は無いと考えたからだ。

99 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:30 ID:???
その辺りを話してやると、かおりは目を丸くして驚いた。

「凄〜い! じゃあ、あんたのお手柄じゃない」
「いやー、偶然だって。運が良かっただけだって。えっへっへっ」

 神楽は照れくささに、乱暴に頭を掻きむしった。すっかり舞い上がってしまっている。手塚がこ
の場にいたら、さぞや苦笑したことであろう。

「でもまあ、犯人を一撃でやっつけたのは別に驚く事じゃないか。なんせ、デッキ所有者は変身し
なくても強いもんねー」
「なにぃ? あんなヘナチョコ野郎、デッキ抜きでも負けねーぞ、私は! おりゃー!」

 神楽はモップを振りかぶり、雄叫びを上げた。かなりの大声だ。少し離れた所でテーブルを拭い
ていた榊も、思わずその手を止める。かおりは呆れ顔になりつつも、言葉を続けた。

「もう、すぐムキになるんだから。あんたが強いのは、わかってるって。ところで、大丈夫なの?
 警察が来る前に逃げちゃったんでしょ? 後で、問題にならないの」
「うーん。まあ、明日あたり呼び出しがあるかも知れないけど、そん時はそん時さ」
「ふ〜、あいかわらず神経太いわねぇ。でもさぁ、犯人は何でチャンバラなんてやったの? OR
Eジャーナルの記事ですら『動機はいまだ不明』だったけど、あんた、直接犯人を尋問したんでし
ょ?」
「尋問じゃなくて、取材だっての。いや、確かに名前とか大学名とかは聞き出せたけどさぁ、あと
は全然ダメ。自分がなんでここにいるかもわからない、とさ。まるで泥酔の翌朝って感じだった」
「通院暦もアルコールや薬物の反応も無かったそうね」
「ああ。警察発表によれば、な」
「ふーん。で、有能な記者である神楽さんとしては、今後どーすんの?」

 揶揄と馴れ合いが混ざった口調で、かおりは言った。神楽も楽しげに調子を合わせる。

「ふん! とーぜん、追い込みをかけるさ。明日は朝から、奴らの大学、明林大へ行って取材だ
ぜ! 私の力で、全てを明るみに出してやるのさ。あー、腕が鳴るぜー」
「こらこら、暴れ過ぎて逮捕されないようにしてね。・・・・・・でも、確かそこって智と大阪が受かっ
た大学だよねぇ?」
「ん? そーだっけ?」 「おいおい・・・・・・」

 まったりとした雰囲気に包まれて、店の後片付けは続けられていった。

100 :いらだとばる ◆5jrOzGUTic :2003/07/20(日) 00:32 ID:???
<八>

 同時刻。その明林大学。
 もちろん正規の講義などとっくに終わっている時間帯だが、そこかしこにはまだ照明がついてい
る窓も多い。その灯火の下では、研究や部活あるいは単なる宴会にしろ、若き日の貴重な時間と引
き換えに何事かが為されているのは確実だ。

 だが、キャンバスは広大だ。暗闇と静寂に支配された一角も確かに存在する。この大学では、取
り壊しの決まっている工学部の旧校舎が、まさにそれだった。
 日中ですら人気の無い廃墟。なのに今宵は話し声がしていた。しかも、若い娘らの。
 
「ね、ねぇ明美。なんか怖くない、ここ?」
「きゃはは。なんで? いい雰囲気じゃん。浩子ってばビビリすぎ〜♪」
「そうそう」 「超オッケーだって」

 明美と呼ばれた娘は、そんな言葉など意に介せずに先へと進む。他の二人も、少しも怖がる様子
は無い。――彼女らは昼間、春日歩をからかった四人組であった。

「ここって、うちの大学だよね。このエリアには来たこと無いけど」
「そだよ。工学部」「偏差値、チョ〜高い。あたしら家政と違って」「エリート様ぁん♪」

 電気が止められているのか、非常口などを示す常夜灯すらついていない。ガラスの割れた窓から
射す街灯の光だけが頼りだ。
 浩子はひとり不安だった。明美らの仲間になって、まだ日が浅い。彼女らに関して、知らない事
も多い。今夜にしても、さっきまで一緒に六本木で飲んでいていきなり「とっておきの場所に連れ
てってあげる」と言われ、わけもわからず付いてきたのだ。
 徐々に増してゆく恐れは、やがて着いた地下へと降りる階段の前で極限に達した。
 左右から一人づつ、黒いスーツの男らが詰め寄ってきたのだ。

「ヒィィ!な、何、何?」 耐え切れず悲鳴をあげてしまった。
「バ〜カ、なに大声だしてんの?」「門番よ、門番」「大丈夫、あたしら顔パスだから」

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