世の中のすべての萌えるを。

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あずまんが百合萌えスレ 2

1 :名無しさんちゃうねん :2004/04/27(火) 01:00 ID:???
 と言うことで、まだまだ続くよ、百合萌えスレ
 ちよさか 阪ちよ ゆかりにゃも に 阪カグ

 ハハハ
 た〜のし〜いぞ〜お
 
 特殊嗜好なので、嫌いな人は、笑って許して
 基本的にsageの方向で

 前スレはこちら
http://www.moebbs.com/test/read.cgi/oosaka/1044502785/l50

97 :『あたしの悩みあなたの悩み』《1》 :2004/12/24(金) 01:08 ID:???
 基礎補強補修が終わって、教室で復習をしていたら、すっかり暗くなっていた。つい一ヶ月前までは、六時なんてまだ明るかったのに。今じゃもう夜の闇が覆いはじめていて。
 ふと気が付くと、神楽は薄暗い教室の中で、一人ぽつんと。
「集中すると、いつもこれだ」
 おでこを、軽く固めたこぶしで、こつんと打って、広げたノートを閉じた。
 廊下は蛍光灯の明かりが、ひかひかしている。いつの間についたんだろう? 教壇の上についている丸い壁時計、カチカチ。

 もう後半年もしないうちに、この光景ともお別れするんだな。進学が決まろうが決まるまいが。なんだかゆらゆらする、神楽にとっての、高校三年生の秋。
 だからしばらくぼおっと、時計を眺めて、そして窓際まで近づいて、外を眺めるともなく、眺めた。
 ずんずん暗くなっていくグランド。陸上部が駄目押しの10本ダッシュをしているのが見える。サッカー部は整列している。
 今日はソフトボール部はないみたいだ、グランド割り当ての関係で、体育館で筋トレかな? テニス部の一年生が、ボールの入った篭をもって、脇の道を歩いていく。キャッキャとはしゃぐ声がかすかに聞こえた。
 ついこの間まで、夏の大会が終わるまで、私もこの中にいたんだな――。そう神楽は思うと、この目が離せない。何事もない学校生活の一場面。だから誰かから、神楽ちゃん、と呼ばれなければ、この褐色の肌の少女は見つづけていたろう。いつまでも。
「あ、大阪」
 振り返った先に立っている美少女を見て、神楽はそっと微笑んだ。大阪は、全体的に華奢で、それなのに玉子みたいな丸さと温かさを持っている。一見壊れやすそうだけれど、実は存外丈夫なのを神楽は知っている。

「おまえ、どうしたんだ? そんなかっこうして」
 そんなかっこう、と問われた大阪は、にへ、と笑った。

98 :『あたしの悩みあなたの悩み』《2》 :2004/12/24(金) 01:09 ID:???
 飾り気のない体操服に身を包んだ大阪は、奇妙だった。大阪に苦手な物は多いけれど、何より苦手なのは運動だ。こんな時間まで、こんな姿で何をしていたんだろうか? 白い半そでに小さなブルマ、そこから伸びた足と腕は暗がりの中、白く光っている。
 あんな、体育祭の練習してた。もうすぐやろ? さも当たり前のように大阪は言うが、放課後の時間をさいてまで、体育祭の練習をするやつはいない。しかも受験までもう2、3ヶ月しかないと言うのに。
 体育祭? 尋ねる神楽に、そやねん、パン食い競争やねん、と大阪。
 好きだな、大阪、パン食い競争。おう、神楽ちゃんにパワーアップしたあたしの力見せたる。ガッツポーズをとる大阪に、神楽はあははと笑った。大阪いうところの特訓にどれだけの意味があるかは別として、頑張っている姿を見るのは、好きだ。
 教室に満ちてくる夜の中を、泳ぐように大阪が自分の机に近づく。気が付くと大阪の机には、まだ鞄がかかったままだった。そこから肩掛け鞄を外し、中からきれいに折りたたまれた制服を机に広げる。そして手にとったスカートに、よいしょ、と片足を突っ込んだ。
 そしてそのままウェスト部分をホックでとめると、スカートの中に手を突っ込み、するするとブルマを脱ぎ始める。
「あれ? 大阪、ブルマ脱ぐんだ」
 神楽が尋ねると、大阪はうなづく。あんな、ブルマのごわごわした感じが、いややねん。熱がこもってまう。へえ、じゃあ下着も厚手のは苦手なんだ? ああ、そうやね、軽くて肌にフィットするやつのが、好きー。
 どんなの履いてるの? と尋ねたのは、ほんの興味本位からだ。え? なに神楽ちゃん、あたしのパンツ見たいのー? べ、別に見たくないよ。さっと目を逸らしたけれど、視線の端は大阪を捕らえている。
 そんな中、大阪が背をねじる、腰をよじる。前のめりになって体操服の上着を脱ぐ。肩甲骨がくね、と動いた。
「おまえ、だいたんだなー」
 あまりにも無防備に着替えをしている大阪に、思わず呟いた言葉の返答は、なにが?
 なにがじゃねーだろ、おまえ。そう神楽が驚いているうちに、大阪はするする脱いだ体操服を、ぱふんと椅子にのせた。横目に、白い肌にぴったりとした黒いスポーツブラをつけている大阪を見て、神楽はなぜか赤面する。

99 :『あたしの悩みあなたの悩み』《3》 :2004/12/24(金) 01:09 ID:???
 大阪の胸当ては何度か見たことがある。けれど黒いものをつけているのを見たのは今日がはじめてだ。いや、今改めて気づいただけかも。
 どうしたん? と尋ねられて神楽は、なんでもないよ、と答えた。そう答えるしかないではないか。
――大阪が、エロくみえるなんて、いえるか。
 そう考えて神楽は、この天然ボケボケ娘に幾度か抱きすくめられたことがあるのを思いだす。それはきっと大阪と自分しか知らない、秘密の物語なのである。そう思うと、ぱっと身体の中に火が走った。照れ隠しに、言葉がついて、出た。 

 おまえ、誰かに見られてたらどうすんだよ? 着替え。もう見られてるもん、あたし。え? 誰に? 神楽ちゃんに。
「おまえなあ……」
 あきれている神楽をよそに、大阪はするすると制服を着込んでいく。頭をつっこんで、両手を伸ばして、服に包まれた上半身がもぎゅもぎゅ動くと、すぽん、と頭がえりから飛び出る。ぷはー、産まれたー。産まれたって、何だよ。
 苦笑する神楽の側に、手で髪を撫で付けながら大阪が近寄ってきた。普段どおりの大阪なのに、どうしよう、と神楽は思う。どきどきが、止まらない。こんな感じは、いやだ。どきどきは嬉しくて楽しいけれど、なんか嫌だな、と思う。
「どうしたの? 神楽ちゃん。なんか変やで? 」
 これもやっぱり、いつも通りの顔で大阪が尋ねる。だから、ん、もうすぐ卒業しちゃうんだなあと思って、とごまかした。ごまかすしかないではないか。大阪が近くに来たから、どきどきが止まらないなんて、いえるか。
 それでも。
「なんかさ、むりやり大人になってる気がして、サ」
 と言ったのは、嘘ではない。神楽の意識の中で、ここ最近浮かんでくる悩みの一つであった。

「私は運動が好きだし、泳ぐのが好きだから大学でもスポーツは続けたいと思うんだ」
 けれど、自分が何を本当にしたいのか、まるで分からない、と言葉を区切って、神楽は話を止めた。そのまま自分の疑問を告げていいかどうか、迷ったからだ。女だったら、行き着く道って決まってるんじゃないか、と言う疑問を。
 それでも、また。

100 :『あたしの悩みあなたの悩み』《4》 :2004/12/24(金) 01:10 ID:???
「女の幸せってさ、最終的には結婚って言うじゃない? 」
 と、悩みつつ、ぽとぽとと言葉を紡ぐ神楽。大阪はそのくりくりした目で、神楽をじっと眺めている。グランドの喧騒が、少しずつ静かになってくる中、かすかに「ありあと…した! 」と言う声。終わっていく締めの声。
「結婚して、子供作って、いい家庭を作って……。もしスポーツやってても、勉強して資格とっても、どこかに就職したとしても、結局家庭を作んないと、ちゃんとしてない人間なっちゃうと思うとさ……」
「神楽ちゃん、家庭作るの、嫌か? 」
「自分の家は嫌いじゃないけどね。親父や母さんや、弟とかさ。でも……自分の旦那さんとか、子供って考えると、ちょっとね」
 自分のドキドキを隠すために出しただけの話題なのに、胸の奥が、ちくんとした。あれ? なんだろう、この感じ。このチクチクを振り払うために、神楽はまた言葉を紡ぐ。
「結局、私が子供なだけなんだろうな。もう高校も卒業するんだし、その前に受験もあるし、恋人もできるだろうな……、分かれるかもしれないけどさ、でも私は」
 あれ? 神楽は思う。自分が何をいいたいのか、よく分からなくなってくる。でも私は、どうしたらいいんだろう、どうしたいんだろう、あれあれあれ、あれ?
 わたしは。
「神楽ちゃん」
 神楽ちゃんは真面目やな、と大阪の声がした。いつの間にかうなだれた神楽の頭上で。
「そんな心配することないよ」
 大阪の声は普段どおりなのに、なぜか優しい。神楽はその声を聞いている。何かを話そうとしている大阪の声を。
 自分の頭がけっこう重いんだ、と思いながら。
 頬を涙がつたっているのを感じながら。
――大阪は、私にどんな言葉をかけてくれるんだろう。
 どんな言葉をかけられても、きっと神楽の不安は去らない。それは分かっているのに、待ち望んでしまう。そんな神楽に向かって、なあ、かぐらちゃん。
「あんぱん食べる? 」
「え? 」

101 :『あたしの悩みあなたの悩み』《5》 :2004/12/24(金) 01:10 ID:???
 思わず顔を上げた神楽に、あんぱん食べよ、あんぱん、と大阪はきびすを返して、自分の席にパタパタと小走りに駆けた。

 手元にはあんぱんがある。
 それもまるまる一個ではなくて、半分にちぎれている奴だ。普通は半分に割った、と表現するはずの物は、大阪のぎこちない手のひらでちぎられて、神楽の手元にある。
「どーぞ」
「あ、ありがとう」
 なんであんぱんなんだよ、とはいえない。なんだかごまかされているみたいな気もするけど、神楽はすすめられままあんぱんを口に運ぶ。甘い。もぐもぐ噛んでいると、大阪が。
「ふお! 中まであん、つまっとる!! 」
「あたりまえだろ。あんぱんなんだから」
 やや呆れ気味に神楽が言うと、いいや普通のあんぱんは、ここまでつまってない、もっとこう控えめやねん、と反論した。言われてみればそうかもしれない。
「あんぱんってやー? 」
「ん? 」
「クロワッサンとは、違うやろ? 」
 突然珍妙な問答が始まって、神楽は目をぱちくりさせる。ああ、と答えて、大阪の言いたいことを理解した。
 そうか、そうだよな。
 物事って、一種類だけじゃないんだ。
「……パンの種類って、一杯あるな」
「パンツの種類も一杯あるやろ? 」
「あ、ああ、一杯あるな……」
「あたしの履いてるの、見る? 」
「じゃあ、後で」
「見せたら神楽ちゃんのも、見せてな? 」
「いや、別に見ても面白いもんじゃ、ないよ」

102 :『あたしの悩みあなたの悩み』《6》 :2004/12/24(金) 01:11 ID:???
「面白いか面白くないかは」
 人によって違うねん、と言って、大阪はまたパンを口に含んだ。もむもむ、顎が上下するのが見える。廊下からの明かりに頼るだけの、この薄暗い教室で。

「世の中には、色んなパンがあるもんな」
 咀嚼したあんぱんを喉に流しこんで、神楽が言った。
「普通のパンって言われて、食パンを思い浮かべる人もいるし、メロンパンを思い浮かべる人もいる。でも、パンはパンだもんな……。
 だから勝手に、自分が何なのか決めちゃわなくって、いいんだ」
 そう言い切ってしまうと、自分が少し楽になったのが、神楽には分かる。自分がならなくちゃいけない、と思っているパンの形は、もしかすると自分にあってないパンの形かもしれない。
「聞いた話だけど、クロワッサンと、普通のパンって生地から違うらしいもんな。
 クロワッサンは、生地にどんどんバターを重ねていって、だからあんなにきれいな層が出来るんだって……。
 けれど、もしクロワッサンにアンコをはさんでも、それはあんぱんじゃないもんな。美味しいか美味しくないかは別のこととして。
 だから、あれをしなきゃいけない、しちゃいけないとかって、自分を型にはめなくてもいいんだよな? 」
 同意を求めて大阪を見ると、この少女は感心した顔をして、へー、クロワッサンって、そうやって作るんか。知らんかった、と言った。
「いや、そういうんじゃなくて、人間には色んな種類があるよね、ってことを、大阪が言いたかったんだよな? って尋ねたんだよ! 」
 期待はずれの返答に、思わず神楽の声が大きくなる。そして言い切ってしまってから、なんだか必死な自分に、急に頬が熱くなった。
 そんな神楽の様子を分かってか分からずか、大阪は、うん、とこっくりうなづいた。
「うん」
「うん、なんだよ」
「そんな感じのこと、言おうとした気がする」

103 :『あたしの悩みあなたの悩み』《7》 :2004/12/24(金) 01:11 ID:???
「そんな感じって、どんな感じのことだよ」
「え? でも神楽ちゃんは、もうあたしが言いたいこと、理解してくれたんやから、余計なことは言わなくても……」
「言、え」
「え? 」
「言、え、よ」
「えー? 」
「そこまで言ったんなら、言ってくれよ」
 お願いだから、と神楽はすがる。
 自分の考えいたったことと、話し相手の言おうとしたことの、話題の齟齬が気持ち悪い。一瞬間があいて、大阪が、しょうがないな、と折れた。
「あのな、あんぱんは、カミングアウトしようとしたあたしの気持ちを落ち着けるために、食べようと思った」
「カミングアウト? 」
「そー、クローゼットから、出る」
 うなづく大阪の目が、すっと細められる。
 満足そうな、試すような猫の瞳のように。
 その時神楽は、始めて明かりが廊下からだけでないことに気が付いた。窓の外に。
 蒼い、月が出ている。

「あたしは、つまったパンが好き」
 中に何かつまったパンが好き、と手元のあんぱんを見る。噛み跡が丸く残っている。
「神楽ちゃんは、あんぱんやねん」
 色も大きさもすごくたのもしいあんぱんや、と大阪は告げる。茶色い柔らかい神楽。
「クロワッサンはとても美味しい」
でもあたしはどちらかと言うと苦手、と大阪はまたちょっぴりだけあんぱんを齧る。
「あんぱんはつまってるのがいい」
 中までぴっちり、あんがつまってるのが好き、神楽ちゃんは中まで一杯つまってる。
「あたしは、クロワッサンみたい」
 中はすかすか、だけど見た目は悪くないやろ? 自分でも知っとお、と大阪は笑う。
「あたしは自分のこと嫌いやった」

104 :『あたしの悩みあなたの悩み』《8》 :2004/12/24(金) 01:12 ID:???
 意外そうな顔をする神楽。そんな神楽に、今では随分好きになったけどな、と大阪。
 だから、何がいいたいかと言うとな、あたし男の子よりな。

「女の子の方が、好きなん」

 ぱっと、神楽の顔色が変わる。
 それは嫌悪とか物珍しさとかではなく、いや、勿論それも混ざっているのかもしれないが、それよりも純粋な驚きの方が混ざっていた。
「そ、れは、女の子に、恋愛感情を持つってこと? 」
「女の子にも恋愛感情を持つってことやな、つまり」
「苦労、したんだな」
「なんでー? だって、それって何も悪いことないやない」
 心配そうな神楽に、いつも通り、いつものように答える大阪。けれど、その声には少し痛みがあるように感じる。それは神楽の思い込みだろうか?
「でも普通は、男の子の方を好きになるんじゃないのか? 」
「じゃあ、あたしは普通じゃないの? 神楽にとって」
 問い返されて、神楽は言葉に詰まる。大阪は変わっている。しかし悪人ではない。おっとりしていてぽーっとしていて、けれどそれは悪ではない。だから、普通だな、と答えた。
大阪は、神楽ちゃんは真剣やな、と笑った。
「気持ち悪いと思ったら、気持ち悪いでも、ええんよ」
 ええんよ、と言いながら、かすかに大阪の声のトーンが下がった。それをごまかすためか。
「だって女の子の方が好きって、変やもん、普通やったら」
 と言葉を続ける前に、んんっ、と喉を鳴らして声を整えた。
「だから気持ち悪いなら、気持ち悪いって、言って。そしたらあたし、それは仕方ないと思うから」
「じゃあ、言う。ごめん、正直、気持ち悪い。でも……」
「それなら、それで、ええねん」
 話を続けようとする神楽の言葉を、にこ、と大阪は笑って打ち切る。だから、よくないよ、そんなの全然、と神楽は言う。自分が本当に言いたかった言葉とは、別の言葉で。

105 :『あたしの悩みあなたの悩み』《9》 :2004/12/24(金) 01:13 ID:???
「そんなこと言うことないじゃないか、私に。私は、よくわかんないよ、そんなの。
 なんでそんなこと、素直に言えるわけ? 私だったら、言えない。だって、気持ち悪いって、嫌われてるのと同じことじゃないか?
 せっかく友達になったのに、嫌われたくないよ、私は」
「でもな、神楽ちゃんに嫌われても、あたしは女の子好きな自分も、好きやねん」
 はっきりとした大阪の声。揺るがない声。決意のある、声。
「神楽ちゃんが、このことであたしを嫌うなら、しょうがないけどな。でもあたしは、あたしのことが好き。
 友達のことが好きなのと同じくらい、自分のことが好き。だからあたしは自分を裏切らない。今年の三月に、そう決めた」
 ぱん、と突き放されたような気がして、神楽は悲しくなる。
 違うんだよ、大阪。違うんだ。
 自分の気持ちを釈明しようとする、悩む、言葉に詰まる。大阪が気持ち悪いんじゃないんだ。神楽が気持ち悪いと思ったのは、大阪に対してではない。
 そう、神楽が感じた気持ち悪さは、そんなことではない。
 言わなくては、きちんと、言わなくては。
 それでも大阪は、さっきの神楽の言葉に傷ついているだろう大阪は、にっこり笑ったまま決して痛みを見せようとはしない。
「それやから、あたしのこと嫌いな神楽ちゃんも、あたしは好き。だから……」
 ぱっと、神楽の手が大阪の手を握る。言葉を遮るのは、今度は神楽の番だ。その勢いに驚いて大阪はびくっとして、食べかけのあんぱんが、手から、落ちて。
 だから神楽ちゃんも、あたしのこと嫌いにならんといて、と小さな小さな声で続けた言葉を、呟いた。
「嫌いになるわけ、ないだろ!! 」
 ビン、と教室に声が響く。その声の大きさに、二人は動きをぴたりと止めた。大阪の手を握ったまま、握られたまま。その柔らかい手はすべすべした玉子のようで。神楽の手の中でひんやりとして。
 けれどもこんなふうに神楽がぎゅうっと握っても、決して壊れない。壊れない大阪。
 力が入りすぎて、ふるふる震える神楽の手。

106 :『あたしの悩みあなたの悩み』《10》 :2004/12/24(金) 01:13 ID:???
「私は、頭固いから、女の子のこと好きになってもいいって、そう考えると、だめなんだ」
「だめ? 」
「だって、私も、そうかもしれないから! でも、自分で認めることなんて、出来ないから!! 」
 ――言ってしまった。
 大阪はどんな顔してるだろう。その目を見る。気になって見てしまう。その懇願するような、神楽の瞳。そしてそれを受け止める、大阪の優しい目、優しい声。
「今、自分が、気持ち悪いの? 」
「気持ちわるい……。このままおとなになって、おとこのひととセックスして、こどもつくるの、きもちわるい」
「それで? 」
「じぶんが、じぶんいがいのものに、なりそうで、きもちわるい……。
 だから、おんなのこ、好きかもって、みとめるのも、きもちわるい。
 もし、見ないでいたら、ふつうのせいかつが、できたはずなのに」
 自分が何なのかわからなくてきもちわるいの。
「いやだよ、おおさか、そつぎょうするの、嫌」
「神楽ちゃん……」
「そつぎょうしたら、みんなと、はなればなれになる」
「神楽ちゃん」
「そして、おとなになって、女にならなくちゃいけない。そしたら、おおさかとも、あえない」
「……神楽」
「ねえ、おおさか」
 私、男に生まれたかったよ。
 その神楽の言葉に、始めて大阪の瞳に浮かんだ、心の痛み。けれど震える神楽を見て、大阪は一度深く深く目を閉じて、口を開く。
「なればええやないの。男に」

 唐突な大阪の言葉に、神楽が震えながら大阪を見る。

107 :『あたしの悩みあなたの悩み』《11》 :2004/12/24(金) 01:14 ID:???
 え? 何言ってるの、大阪? なればええのよ、男の人に。手術でも何でもして。そんな人一杯おるで。
「いっぱい、いるのか? 」
「うん。自分は本当は男なのに、女の身体で生まれてきたって言って、手術したり注射したりして、男になる人」
「注射か、手術も、ちょっとやだな……」
 ふ、と現実的な対処法を聞いて、神楽はちょっと落ち着いてしまう。なあ、大阪、もし私が男になったら、どうする? 神楽ちゃんが男になっても何になっても、神楽ちゃんは友達よ? 
「けれど、恋愛対象には、ならんけどな」
「……どうして? 」
 だって、あたしが好きなのは、女の子のほうやって言ったやろ? そう大阪が言って笑った。不思議に目はとろんとさせている、大阪。だから神楽は誘われるようにキスしようとしたら、大阪が、ス、と顔をよけた。
「ダメや、て。それ」
「なんで」
「なんでも。ダメ」
 そんな風に、人によっかかったら、あかん。そう言って、大阪は足元に落ちているあんぱんを拾って手で払い、今までで一番大きく口を開けてあんぱんを食べた。
「大阪、りすみたいだ」
 苦笑して神楽は大阪の髪を撫でる。大阪は撫でられるままにされている。その手のひらに、微かに咀嚼と嚥下の感覚が伝わっている。大阪が食べているのを、感じる。
「パン、おいしーなあ」
「大阪」
「うん、あんぱん、美味しい。あんぱん、あたし大好きやから」
「大阪」
「あんぱんは」
 大阪の、言葉が止まる。神楽の親指が、大阪の唇の上に重ねられてるから。
「大阪、唇に、あんこ、ついてる」
 ぐいぐい、と親指でこすると、乾き始めたアンコがぽろぽろと落ちる。強くこすられて思わず顔をしかめた大阪の唇に、神楽がそっと口づけた。

108 :『あたしの悩みあなたの悩み』《11》 :2004/12/24(金) 01:14 ID:???
「……アンコ、とれた」
 小さく囁く神楽に、大阪は、神楽ちゃんは、あたしのことどう思ってるん、と問いかけた。どうって……? あたし、好きな人と同士でないと、キスしたくない。じゃあ大阪はどうなんだよ。ダメや神楽ちゃん、質問には質問で、答えない。
「ずるいぞ、大阪」
「ずるくないわ、そんなん」
 ずるいのは、神楽ちゃんやないの、好きともなんともいわんで人にキスして。いたずらっぽく言う大阪の目は、笑っていない。微かに潤んだその瞳。けれども澄んだその瞳。その大阪の言葉を間に受けて、うなだれて神楽。
「ごめん」
「謝らんといて、もう」
 微かに苦笑した大阪が、少し考えた顔をしてから、あ、アンコついとる。

 手馴れた細い指が、神楽の顎を持ち上げる。
 手馴れた細い舌が、神楽の唇の端に触れる。
 手馴れた細い唇が、神楽の唇の上に重なる。
 けれどそれはカタカタ震える、初めてみたいなキス。
 囁く声。大阪の潤んだ声。
 かぐらちゃん、あたしのスカートの中、見たい?

 ドキドキしながら、うなづく神楽。まるで大阪のドキドキがうつったみたいに。何度もキスを繰り返しながら。
 大阪の、エッチ。
 そうよ、あたしはエッチなん。でもエ。

 ……ッチな自分も、すきぃ。
 数秒続けられたキスに遮られた言葉を、大阪は小さな声で続けて、机の上に腰掛けた。

109 :『あたしの悩みあなたの悩み』《13》 :2004/12/24(金) 01:16 ID:???
 ほら、かぐらちゃん、見たい?
 うん、大阪の、見てみたいよ。
 神楽ちゃんかて、エッチやん。
 そんなことないよ、エッチは。

 重ねられる唇、カタカタ。

 エッチなのは、大阪のほうだ。
 ほならやっぱり止めとこかな。
 だめだよ。私に見せてごらん?
 そんな命令しても、あかんよ。

 重ねられる唇、カタカタ。

 見たいなら神楽ちゃんめくり。
 え? わ、私がめくるのかよ。
 そや、その方がどきどきする。
 ドキドキしたら、どうなるの?

「もっともっと、興奮してまう」

 とろんとした目で大阪が神楽を見つめて。
 窓の外には、いつかみたいに月が。
 神楽の手は、そろそろと大阪のスカートに伸びて。
 柔らかい布が微かに微かに上がっていって。
 太ももを滑っていくその感触に、大阪が微かに身を強張らせて。

 そんな時に、誰かがばたばたと駆けて来る音。

「あ」

110 :『あたしの悩みあなたの悩み』《14》 :2004/12/24(金) 01:16 ID:???
 慌てた大阪が、机から落ちた。

                 *

「ほんと、楽しかったですよぉ。ね? 榊さん? 」
 ちよちゃんが、体育祭の帰り道に言い張っている。秋晴れの中、滞りなく行われた体育祭。今年優勝できなかったのに、楽しかったと繰り返す、自分達より年下の同級生を、神楽たちはからかっていた。ただ榊だけはにっこり微笑んで、うなづいた。
 ちよちゃんがなぜこんなに、楽しかった、と言うのか、本当はこの仲間はわかっているつもりだ。なぜなら、みんな楽しかったのだから。けれどそれを素直に口にしないのが、18歳の少女達の、小さなダンディズムなのかもしれなかった。
 そんな中、あからさまに不満を言う声がある。
「あたしなんか、大阪の特訓にまで付き合ったのにさー」
 大阪パン食い競争でビリっけつなんだもんな、と滝野智が文句を言った。
「特訓って、何の特訓だよ」
「よし! よみに教えてやろう。まず、吊るされたパンをくわえるために、跳躍力を身につけなくてはならない!! 」
「……跳躍力」
「それから、バランス感覚」
「ばらんす、かんかく……」
 呆れているのか驚いているのか、ぽかんとしてる水原暦に満足げな視線を送ると、ぱっとその標的を別の方向に向けた。
「それなのに、大阪ったら、あたしにくれる約束だったあんぱん、神楽と一緒に食っちまいやがんの!! 」
「だ! だから、その代わり私がマグネ奢っただろ!! 」
「そりゃそうだけど、食うなよぉ、人のあんぱん」
「そやでー、あたしかて、次の日別のあんぱん買ってきたやろー? 」
「あたしはあの時あの瞬間、疲れた身体を癒すために、あんぱんを食べたかったのだー! あーもう!! 」
 神楽と大阪の反論にも、智はまるで聞く耳を貸さない。智ちゃん子供みたいですね、そう言って苦笑いしたちよが神楽を見ると、神楽がなぜか、耳まで真っ赤にしていたので、微かに首をかしげた。

111 :『あたしの悩みあなたの悩み』《15》 :2004/12/24(金) 01:17 ID:???
 そう、あの瞬間。大阪のスカートを、神楽が捲り上げる瞬間、滝野智が飛び込んできたのである。
 大阪の特訓に付き合っていた智は、下で大阪が着替えてくるのを待っていたらしい。知り合いがきて話をして来たので、その相手をして時間を潰していたが、待ちきれなくなって教室まで駆け上がってきたのだ。
 自分が食べたかったあんぱんが、すでに二人の手(?)でほとんど食べられてしまったと知り、大騒ぎした智に、大阪と神楽がマグネバーガーと、あんぱんを奢ったのである。
大阪がうまく机から落ちていたおかげで、智にはさっきまで何をしていたか、知られずにすんだのだ。
「誰が子供みたいだ、ちよすけー! 子供に言われたくないぞー」
「だって、あんぱん一つでこんなに大騒ぎする智ちゃんは、子供以外の何者でもありません」
「そうだよな、ちよちゃん、こんな女にはなりたくないよな」
「キー! このよみ眼鏡!! 食べ物のことに人一倍うるさいお前に言われたくねー!! 」
 大騒ぎする周囲から、少し遅れて歩き始める大阪に、打ち合わせたように神楽が歩みをそろえた。
「大阪、惜しかったな」
「なにがー? パン食い競争で、ビッケだったことー? 」
「いや、そうじゃなくて」
 あんぱんとれなくってさ、と神楽が言った。吊るされていたパンの中、大阪がくわえたのは、メロンパンだった。
「メロンパン、中身つまってないじゃん」
 そう言った神楽を、大阪はじっと見つめて。それから満面の笑みを浮かべた。
「でもおいしかった! 」

112 :『あたしの悩みあなたの悩み』《16》 :2004/12/24(金) 01:17 ID:???
 そうか? うん、メロンパン、美味しかったから、これはこれで、ええねん。そうか。新しい味の喜びに目覚めた。
 あの時のことをすっかり忘れたみたいな大阪の顔を見て、神楽は少し寂しい気持ちになる。あの日からほんの一週間たつかたたないかだけれど、大阪の様子は前と変わらないいつもの大阪で。あの時言った言葉が本当かどうか、わからなくなる。
 ――あたし、女の子の方が、好きなん。
 その言葉を思い出すと、神楽はその後のことを思い出して、そっと頬が熱くなる。胸元に、ちくりとするどい痛みも感じる。今もちょうどその時を思い出してしまって、大阪を見ながら、赤面した。
「神楽ちゃんは、真面目やね」
 大阪はそんな神楽の顔を見て、ちょっと微笑んで、ぴたりと足を止めた。つられて足を止める神楽。その唇に、大阪がすばやくキスをする。
神楽のまぶたが閉じられる。その瞬間。

「あ、神楽ちゃん、スカートの下に、ブルマ履いとー! 」

 ぱっと珍しくすばやい動きで、神楽のスカートの前がめくられる。
「わ、ば、ばばばばか!! 」
 あはは、と駆けていく大阪に、前を歩いていた友達が振り向いた。神楽の悲鳴に、はしゃぐ滝野智。
「おー! 大阪! スカートめくりか!! 」
「やるなー、大阪の癖に……」
「そう言うよみは、どんな下着かなー? 」
「止めろよ、ばか」
「と、言いながら油断してる榊ちゃんの」
「……!! 」
 ――全く、バカだよな、こいつらは……。
 大阪を追いかけながら、神楽は思う。もう数ヵ月後には、別々の道を歩むであろう友達。頼りになる奴、一緒にバカ出来る奴、そして守ってやりたい奴……。
 それはいつも同じ役割じゃなくて、その時その時で変わっていく物なんだろう。だからきっと神楽のことも、みんなそう思っていてくれているに、違いないのだ。
 頼りになって、一緒にバカ出来て、守ってやりたい、と。

113 :『あたしの悩みあなたの悩み』《17》 :2004/12/24(金) 01:18 ID:???
「待てー、大阪、まぁてー!! 」
「あはは、そう簡単には、待たれへん」
 わざと、ゆっくり、追いかける神楽。本気で逃げる大阪。けれど片方は本気で捕まえたくて、もう片方は、捕まえて欲しくて。
「めくれるもんなら、めくってみー」
 冗談めかした大阪の、誘いの声。あの時の続き。
「よーし! 神楽!! めくれよ、大阪のスカート!! 」
「ともちゃん、もう邪魔せんといてー」
「なんだとー! 逃げる邪魔するに決まってんだろー! こんなことー!! 」
 わし、と大阪を捕まえて智が叫ぶ。
「それ! 神楽、大阪のスカートの中、見てやれ!! 」
「おう! 」
 駆け寄る神楽に、つかまれてもがく大阪。けれどその動きには力がなくて、止めて止めてと言いながら、目はとても嬉しそうで。

「ほら、歩!! 」
 
 体育祭の終わった黄昏間際の日の下、神楽の手が大きく跳ね上がった。

                                  了)

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